2008-10

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アクセスカウンタを読み手のために

ピーターパンに登場するフック船長って不憫だよね。
だって、永遠に中年なんだよ。
─天の声

 

アクセスカウンタが、実は重要なパーツなんじゃなかろうかと思うようになってきたckckです。
どちらかと言えば、書き手ではなく、読み手側に対して

 

誰だって、書店やゲームショップで大量の商品を目の前にし、「どれが面白いのか分からない」といった状態に陥ったことくらいあるでしょう。
時間も金も限られている以上、なるべく有意義に使いたいというのが人情ですからね。
私なんか、いっそアマゾンでのカスタマーレビューでも構わないから、横に貼り付けてくれないかななんて考えてしまいます。

ブログやサイトも、コレに近いものがあるのではないでしょうか。

ネット社会は絶対数が巨大になり過ぎ、どれを読むべきなのか見当が付きませんし、何かのリンクでそのページを開いたところで内容が面白いという補償もありません。
一つ一つ熟読していけばお気に入りが見つかるとは思われますが、そんな時間はニートにすらないでしょう。
それが良いものであれ悪いものであれ、ある程度の客観的評価を貼り付けておいて欲しいというのが実情です。
出来れば、アクセスカウンタのような、分かりやすいものを、目に見える場所に。

 

自身のモチベーションの為にアクセス数を確認するのも悪くはありませんが、読み手の為にカウンタを見やすい位置に設置するのもまた一興。

などと、日に80程度しかカウンタの回っていないブログの管理人がのたまってみます。

皆が楽しめる社会を

PCを扱う上での最重要事項は、バックアップの作成自体ではなく、それをどこに保管したか覚えておくことである。
─天の声

 

出来る限り、読んでいて気持ちの良い文章に仕上げたいと考えているckckです。
最低限、「読んで損した」なんて思わせないくらいには。

 

現実世界では、誰かが得をしようとすると、他の誰かが損をしなければなりません
先進国が富むには途上国が貧困にあえがなくてはなりませんし。政治家が甘い汁を吸うには国民にさらなる税を課す他ありませんし。企業が利益を上げようとすれば労働者に低賃金労働を強いるか商品の質を下げることになります。
良いか悪いかは別として、それが現実社会のシステムです。

しかし、ネット上でなら、皆が得をする社会を構築することも可能なのではないでしょうか。
ブログやサイトで書きたいことを書いて、読みたい人に読んでもらう。思い通りのゲームを制作して、それを無料で配布する。自分なりの漫画や小説を提供することで、人に楽しんでもらう。
方法は千差万別ですが、提供する側は趣味の活動ですし、受け取る側もそれを強制されることはありません。
少なくとも、誰も損はしないでしょう。

 

私の場合、このブログを更新することで、自己満足に浸っています。
そしてもし、日々の文章が誰かにプラスの影響を与えられているのなら、それはきっと素晴らしいことなんじゃないかなあと。

想いまでは復元できない

完全失業率って、ニートは計算に入ってないんだよね。
働く意思の無い人間まで勘定したら、6%超えるんじゃないかな。
─天の声

 

ブロガー最大の敵は、ブラウザのバック機能によるページの有効期限切れだと考えるckckです。
マウス左脇腹のボタン、感度良過ぎだよ畜生。

「同じモノをもう一度書けば良いじゃない」とおっしゃる方もいらっしゃるかと思いますが、どれだけ足掻こうと、全く同じ内容に仕上げるのはまず不可能だったりします。
なにせ、文章とは知識で書くものではなく、そのときそのときの想いで打ち出すものですからね。
消してしまった文章の筋をどれだけ頭に残せていようとも、書いたときの感情までは投影できない以上、100%の復元までは到達しえません。

最も現実的な対処法は『ワープロソフトに一度書いてからのコピペ』なのですが、それでもまだ完全ではないのが現実です。
投稿直前の誤字脱字チェックは勿論、貼り付けてからのフォントいじりや文章改正も少なくありませんし、途中から内容そのものを書き換えてしまうことだって無きにしも非ず。
そんな微妙な改変を一つ残らず覚えておいて、予期せぬ失敗の後に複製するなんて、これまた無理と言うものです。

さらに難儀なのは、書き直した文章が、元のそれと比較してどうにも見劣りしてしまうことでしょうか。
釣り逃がした魚か思い出補正かは分かりませんが、この手の失敗を何十回と繰り返している私の経験上、消す前より良い文章に仕上がった試しがありません

 

もう、投稿ボタンをクリックする前は、マウスをしっかりと目視しながら握るしか…。

他人の愚痴を聞きたがる人間は居ない

凶悪犯罪者が、『ゲームや漫画を趣味としていた』と騒ぎ立てるのは、別段構わない。
ただ、TVや新聞や読書が趣味だった場合も、同じように報道してくれれば、だけど。
─天の声

 

ブログ本文は、可能な限りポジティブな内容で更新するよう心がけているckckです。
勿論、天の声は別ですが。

人間生きていれば、職場(学校)への不満やら、友人との軋轢やら、家庭内でのトラブルやら。納得の行かないこと、腹の立つことの1020はあるはずです。
仮に私のように気ままな生活を送ったとしても、それらがゼロになることは決してなく、毎日何かしらに舌打ちしながらの人生となることでしょう。


かくのごとき世の中において、匿名で好き勝手書けるネットの存在は、この上なく便利なものと言えます。

けれど、そんなドロドロしたものを、そのままぶちまけたって意味がありません
書いた当人はある程度気が晴れるかもしれませんが、それは単に読み手へとストレスを押し付けた結果に過ぎませんからね。
実際、書き手の不平不満でしかつづられていないブログやSNSなんてものは、どうにも読めたものではありませんし。

 

つまるところ、ネガティブなことは書かないと決めてしまえば良いのですが、そうも行かないのが人の常。
ストレスは溜まり続けているにもかかわらず、その排水弁を自らの手で閉めるなんて行為はまず不可能です。

ならどうすべきかとなる訳ですが、怒りに任せてキーを叩くのではなく、読んでもらうことを意識した文章を打ち出すべきだ私は考えます
風刺や皮肉を利かせたり、時事風俗に引っ掛けることで問題提起としたり、自虐ネタとして笑いをとったり。文章を工夫し構成に手を加えれば、目的と発想の出所が同じであったとしても、十分に読める代物になりますからね。

もっとも、私がその域に達しているかは、また別問題なのですが。


日本語教育の成果

TVの「この後、驚きの展開が!!」で、本当に驚いたことって無いよね。
─天の声

 

wikipediaブログの項を調べていたところ、「世界で最も多いのは日本語のブログである」といった一文を発見し、妙に納得しているckckです。
日本の国語教育は、まるでブログを推奨するかのような方式を取っていますからね。

 

小学校では遠足や社会見学の度に作文を書かされますし、夏休みや冬休みには絵日記と読書感想文が宿題として求められます。
そしてその都度、「起こったこと・思ったことを素直に書けば良い」と我々は教わり、適当な文章で原稿用紙を埋める術を身に着け、その中での技巧に優れた生徒が表彰されるのを見てきました
その結果、現代日本人は創作能力よりも、描写や論説能力に長けた方が大半という状態になっています。

逆に欧米では、パーティーなどで小話を求められることが多いらしく、その席において面白おかしいジョークを飛ばせる子供が周囲から高く評価されるそうです。
当然のことながら、『起こったこと・思ったことを素直に述べた』話がそうそう面白い訳は無く、ウケを狙うその過程で現実描写よりも創作能力を伸ばしていくことになるのでしょう。
個人的には、同じジャンルであれば、邦画よりも洋画の方がストーリーや展開(創作部分)において優れている作品が多いように感じますし。

 

ブログというものの大半が、日常描写や論説を基本とする日記やレビュー系である以上、ここは日本人に最も適した舞台となっているのでしょう。

文部科学省は、自分たちの打ち出した教育方針が、このような結果を生んでいるとは考えてもいないでしょうね。


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