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新興宗教オタク教
暫定税率の期限切れを見越してか、どこのガソリンスタンドにも閑古鳥が鳴いていた。
福田首相の言を借りれば、『洞爺湖サミットを前にしたCO2削減効果』ってところでしょうか。
─天の声
祖母の四十九日という名目で、お経という名の洗脳ソングに一日つき合わされてきたckckです。
毎日毎日アレを唱えていれば、解脱の境地が見えて当然かもしれません。
そんなこんなで祖母の位牌を前に般若心経を唱えさせられていたときにふと思いついたのですが、現在のオタク文化も1000年くらい後には宗教としての地位を確立させているんじゃないでしょうか。
経典(ラノベ・漫画・アニメ・ゲーム)を読んで神像(フィギュア・グッズ)をあがめ、賛美歌やお経(アニソン・電波ソング)を唱える。一般化された宗教も、コアなオタク趣味も、やっていることは大差ありません。そもそも信仰というものは、よりどころを得ることで精神の安定を図る試みですからね。
何か差異があるとすれば、歴史的基盤というバックボーンの存在くらいでしょう。仏教もイスラム教も、釈迦やマホメットが提唱した瞬間に認められた訳ではなく、むしろ後世の人間による解釈の多様化(宗派の分離や教義の一般化)こそが宗教を形成する上では重要な役割を果たしていますし。
小難しい内容を要約すると、オタク文化が歴史を積み重ね、一般人への浸透が進めば、一つの宗教体系として成立してしまう可能性も十分にあるということです。
そうなった暁には、『ツンデレ派とヤンデレ派による武力抗争で50人が死傷』なんてニュースが日常的にTVに流れ、遥か昔(要は現在)に限定生産されたフィギュアが重要文化財として認められ、オタク教のお寺では萌キャラが描かれたポスターを前に作中の命台詞を輪唱するような修行が行われようになることでしょう。
想像するだに怖気の走る光景かもしれませんが、現在根付いている宗教だって、提唱された時代から見れば五十歩百歩です。
釈迦が現世によみがえって、自信を女体化された仏像やら掛け軸やらを目にしたら、一体どんな反応をすることか。
ちなみに、私がオタク教に望むことはただ一つ。
信者が死んだ場合、HDDをフォーマットすることを教義として盛り込んで欲しい。ただそれだけです。
