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市販ゲーからフリーゲームを考える
毒入りギョーザ事件を追及するよりも、中国産を輸入禁止にした方が手っ取り早い気がしてきた。
日本の食料自給率を向上させることは、長期的に見ればプラスに働くだろうし。
─天の声
海苔玉様から薦められたフリーゲーム、Wonder World Walkers(以下WWW)が予想外に面白かった為、より自由度の高いRPGをプレイしたくなってしまい、Xbox360のオブリビオンを購入してしまったckckです。
WWWのレビュー、書けるかなあ。
廃人よろしくオブリビオンを半日ぶっ続けでプレイしていてふと思いついたのですが、フリーゲームというものは、どちらかと言うと和よりも洋ゲーに近い『味付け』がされているのではないでしょうか。
ストーリーやグラフィックにサウンドといった、分かりやすい部分は間違いなく日本のそれなのですが…。もっと根底にある趣旨や難易度の類は、洋ゲーのそれに近いものを感じます。
勧善懲悪で割り切れる作品が少ないところとか、難易度が妙に高いところとか。
その辺りの理由を割と真剣に考えてみたところ、日米のゲーム市場形態の違いに原因があるのではという結論に達しました。
その過程で、いくらか電波が混ざった可能性は否めませんが。
我々に馴染み深い日本のゲーム市場は、ソフトを『販売』する形態をとっています。
しかしこれは、ソフトが新たに売れない限り利益の出ない構造であり、メーカー側は半ば意図的に『簡単』で『飽きる』ゲームを作っていかねばなりません。
「丸々2年は遊べるヒット作を一本作りました。その代わり、後発のソフトの売り上げが伸び悩みました」では、話になりませんからね。
逆にアメリカやイギリスでは、映画のビデオレンタルよろしく、ゲームを『レンタル』するサービスが広く実施されています。
この形態を採った場合、新たなソフトを次々売り込むよりも一つのソフトを長期的にプレイさせ、レンタル料を高く取った方が賢い選択です。当たり前の話ですが、一週間で終わってしまうよりは、一ヶ月遊ばせるゲームの方が利益が出るのですから。
その結果として、洋ゲーはシムやGTAのような、『難しい』ことに加え『長期間遊べる』ゲームが数多く存在する訳です。
ここでフリーゲームの形態について考えてみます。
作品がどれだけDLされようがされまいが製作者側に金銭的な利益損失は一切無く、プレイヤー側も何かを支払う訳ではありません。
飽きの来ないゲームを作ったところで次の作品に悪影響を及ぼすこともありませんし(むしろ好印象)、飽きられたところで不利益が発生することも無いはずです。
そんな具合にフリーにやれる状況だと、製作者は作りたいものを生み出します。
分かりやすさを多少おざなりにしても自分の世界観を重視し、難易度が上がったとしてもモンスターやダンジョンのコンセプトは最低限崩さず構成して、なるべく長く遊んでもらえる作品に仕上げようとするのが人情と言うものです。(私がそうでしたし)
やや長文気味になってしまいましたが、フリーゲームの趣旨や難易度の部分で洋ゲーに近いものに感じられるのは、自由に作られた結果なのではなかろうかなと言うのが今日の結論です。
