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良いことなんてほとんど無いくせに、悪いことばかり重なる
日本の賞味期限切れ食品は食べたところでさしたる害は無いというのに。
中国産は薬物テロ並みの威力が。
─天の声
馬鹿の癖に風邪を引いてダウンしているckckです。
昼食をレンジで温めた所までは記憶があるんですが、気が付いたら布団に横たわっていました。
関節痛と筋肉痛と頭痛と吐き気で現在もそれなりに重体気味なのですが、ブログだけは更新しておきます。
うっかり死んだと勘違いされてもアレですし。
なにはなくとも、明日はスマブラXの発売日。意地でも体調を回復させなければなりません。
発売日の告知と同時に予約を入れて、バイトも休みをとったというのに、病気ごときで動けないようでは話にならないでしょう。
などと構えていたら、肝臓がんで入院している祖母の容態が急変し、危篤状態になったとの電話が。
ごめん、ばあちゃん。俺今日は動けないから、なんとか明日まで持ちこたえてくれ。
ブログは人生
50年もすれば、現在のオタク文化が大正デモクラシーや学生闘争と同列で語られていると思われる。
1ページくらいアニメや漫画のキャラで埋め尽くされている教科書を想像するに、未来の学生が不憫で仕方ない。
─天の声
時折、ブログを書いていることが猛烈に恥ずかしくなるckckです。
素の思考回路に戻ってしまうと、あまりの痛々しさに死ねそうになります。
掘り返せば、あまりにも酷い誤字脱字に気付かなかったものや、読むに耐えない内容のもの、同じネタを複数回にわたって使用しているものなど、書いた本人ですら目を覆いたくなるような記事がごまんと出てきます。
久しぶりに過去ログを読み返したところ、全て自分の仕事にも関わらず、わずか二か月分でキリキリと胃に痛みが。
我ながら、何をやっているんだろう。
などと自虐的な考えに浸るくらいなら、更新を止めるなり該当する記事を削除するなりすればよいのかも知れませんが、どうしてもそれが出来ません。
更新を止めてしばえばアイデンティティー崩壊の恐れがありますし、記事の削除は…気が引けます。
なんと言いましょうか、無かったことにしたくないんですよね。色々と。
失敗を重ね、間違いを繰り返し、振り返っても後悔ばかり。誰がどう見たって、ろくなものではありません。
しかし、そんなろくでもないものだったからこそ、学べたことがあり、正せたことがあり、出会えた人がいて、積むことの出来た経験があります。失敗と間違いと後悔があったからこそ、「今」があるのだと信じています。
それはきっと、すがることの出来るくらいには尊いものものであり、消去してしまうほどに否定するものではないんじゃないかなと。
現在の総記事数は約800件、その上更新を止める予定もないため、黒歴史は着々と増加していく予定。
今日も明日も明後日も、ネットの片隅で妄言を叫び続けます。
「日本と中国の領海線には、報道されない中国の潜水艦がウヨウヨいます」(就職説明会で自衛官の発言)
全ての政治家に共通する最大の問題は、一般庶民と金銭感覚が乖離し過ぎていることだと思うんだ。
─天の声
ニュースなどで『弾道ミサイルの迎撃実験』云々と報じられるのを見るたびに、頭を捻っているckckです。
冷静に考えると、ミサイル防衛ってそれほど実用的じゃないんですよね。
ミサイルをミサイルで打ち落とす難しさを日常生活に即した言い回しで表現した場合、『バッティングマシンが投げる150km/hの球に、横から小石を投げて命中させるレベルの精度が必要だ』とTVか何かででどこぞの専門家が語っていました。
不可能も良いところでしょう。
それでも以前、防衛省が「迎撃実験に成功した」と発表したことがニュースになりましたが、それは着弾地点が予め分かっていた訓練だからであり、「いつ、どこから、どこを目標に、何発」発射されるか分からないミサイルを全弾迎撃するのは、いくらなんでも物理的に無理があります。
2006年に北の国からミサイルが発射された際には、正確な情報が出揃うまでにかなりの時間を要していましたし。ついでに攻める側としては、単に相手方の防衛能力を上回る数のミサイルを撃ち込めば良いだけの話ですし。
そもそも、迎撃可能なミサイルというものは、着弾まである程度の時間的余裕のあるものに限られるのだとか。『発射を確認→弾道計算→迎撃ミサイル発射→迎撃ミサイルの命中』という一連の流れが存在する以上、時間的な限界は仕方がありません。
太平洋を横断してアメリカ着のミサイルならまだしも、三分と掛からず到着する北の国から日本への直通便を迎撃するには、現在の技術力ではまだまだ足りないと言うのが現実とのこと。
ついでに言ってしまうと、潜水艦にも核弾頭が積めるんですよね。
で、やろうと思えば、相手方の領海から一斉発射なんてことも出来てしまったり。さて、これは迎撃できるのかな?
領海侵犯をやらかした中国軍の潜水艦を無事に送り届けた後、遺憾の意を示して終わりの日本人は、本当に心が広い(もとい阿呆)と思います。
ロシアなんて、漁船すら蜂の巣にするというのに。
子供や孫とゲームで遊ぶ大人でも良いじゃない
今月の31日は、結構な割合のアルバイトが休みを申し出てると勝手に予想。
ディスガイア3とか、デビルメイクライ4とか、スマブラXとか。ビッグタイトル目白押しだし。
─天の声
「大人になったのなら、ゲームなんて卒業しろよ」といった理屈にどうにも納得が行かないckckです。
大人になったらゲーム禁止なんて規則がある訳でもなし。
趣味と言うものは当人が楽しむことを目的とした行為であり、社会的な立場に応じて変更するものではないと私は考えます。
上司の趣味に合わせてゴルフなり麻雀なりを覚えることはあるかも知れませんが、それは趣味ではなく接待という名の仕事です。
ゲームに飽きてしまったのであれば仕方ないとは思うものの、それでは『大人になる=ゲーム卒業』の理屈には結びつきません。
それ以前に、「大人になったからゲームを卒業した」と公言する方々は、子供だからという理由だけでゲームをプレイしていたのでしょうか。そして、そこに何の喜びも湧かなかったのでしょうか。
流石にそれは無いでしょう。
ゲームを趣味としていれば、予約したソフトの発売日を心待ちにし、期待感を抱きながらパッケージを開封し、強敵との戦いに胸を熱くした経験が誰しもあるはずです。
それらを大人になったからというだけの理由で捨ててしまうのは、勿体無いと思いませんか。
進学や就職によって余暇に回せる時間が減り、ゲームをするほどの余裕が無くなることは仕方ありません。
ただ、それらが原因で結果的にゲームを切り捨てたのであれば、「大人になったから」とうそぶくのは、どことなく卑怯な気がしてしまうんですよね。
ゲームは子供の趣味という世間の目から逃げているだけに見えてしまって。
古代中国の皇帝達は、不老長寿の秘薬として水銀を愛飲していたそうな
久しぶりにビーマニの公式ページをのぞいてみた。
日本はとうの昔に後戻りできない領域に突入しているのだと、今更ながら悟った。
─天の声
世間一般で宣伝されている『素晴らしい健康食品』や『なんたらイオン発生装置』の類が、まったくもって信用できないckckです。
本当に病状を改善できるほどの効果があるのなら、国が医薬品なり医療器具として正式に認可してるに違いありません。
そもそも、副作用については何も書かれていないのに、起源と効用だけを並べ立てる宣伝文句からして信用ならないでしょう。
風邪薬にすら眠気やアレルギー等の副作用があるというのに、悪性腫瘍(がん)や精神病に効果があると喧伝する非認可治療食品が有益かつ無害とあっては、厚生労働省の立つ瀬がありませんからね。
オカルトや疑似科学への信仰で健康が保てるのであれば、医者が軒並み廃業してしまいます。
そりゃあ、民間療法の中には科学では解明できないものがあると聞きます。探せば本当に効果のあるモノも存在するのかもしれません。
しかしそれは金と身体を賭けた博打であり、往々にしてハイリスクローリターンというのが現実です。
私の場合、6年以上根治していない鬱病対策として、母に無理矢理鯉油(壱万円)を飲まされたことがあるのですが…。回復するどころか、妙なものを摂取してしまったと逆に気持ちが悪くなる始末。
仮に他の各種健康食を試して回ったとしても、『本物』へと到達する前に金が尽きるか余計に精神を病むのが関の山でしょう。
私が今までに投与された中で最も強烈だったものは、飲んだ瞬間に昏倒し、数日間立ち上がることも出来ず、薬を断った後も三ヶ月間EDとなり、一年ほど軽度のパーキンソン状態に陥るものでした。病院で飲まされたものだったので、認可を受けた医薬品だったのでしょう。
薬とはその効果に比例して、副作用も度が増すという事例です。(それでも治っていないのですが)
そんな具合に現代の生き地獄を体験してみると、人生観変わりますよ。
『効果万全副作用ゼロの健康食品』が、オカルトグッズとしか見えなくなるくらいには。
大人になって忘れていくこと
コーラはノンカロリーの方が体に害があるような気が。
─天の声
歳を重ねるにつれて、次第に感性を鈍らせているckckです。
精神的にはさして成長していないくせに、子供の心は失ってしまうばかり。
子供(特に年齢一桁)は常に、「なぜ?〜なんだろう」という疑問を抱えて生きています。
その多くは単なる知識不足からくるものですが、中には大人がはっとさせられるような切り口のものもあり、中々に侮れません。
親戚の子が「植物には脳がないのに、どうして日の当たるほうへ伸びるのか」と聞いてきたときには、驚嘆と同時に幾ばくかの羨望を覚えました。子供って奴は、皆等しく天才の素養が有るのではと(勿論疑問には答えられませんでした)。
子供から大人になる過程で疑問に対する明確な回答を得て解決する場合も多いのですが、仮にそれを差し引いたとしても、大人が抱く疑問は子供のそれと比べて質・量ともに低いというのが私の実感です。
恐らくは、成長過程において一般常識に染まってしまうからなのでしょう。
モナリザは比類なき名画であり、ミロのヴィーナスは美の理想系であり、『古池や蛙飛び込む水の音』は俳句を代表する一句である。と言った具合に、疑問をさしはさむ余地を常識で埋めてしまうがために、斬新(純粋)な発想を引き出せなくなるものと思われます。
私自身、モナリザの美しさを疑っていないがために、絵画としての素晴らしさを具体的に説明することが出来ません。
人は大人になるにつれて、知識と同時に常識や先入観というものも仕入れてしまいます。
それらは社会的には必要なものなのですが、柔軟な発想を求めた場合には弊害でしかありません。
子供並の感性を取り戻すのは不可能としても、常識を疑える程度の余裕は欲しいですね。
気温が下がれば燃費も下がる
AT車の足踏み式サイドブレーキは、MT車乗りを事故らせようという罠に違いない。
─天の声
今年一番と思えるほどの冷え込みが続いているせいで、引き篭もりに拍車が掛かっているckckです。
地球温暖化が進行していると言うのは偽りで、地球は氷河期に入ろうとしてるんじゃなかろうかな。
気温の低下がもたらす悪影響は、金銭的な問題に限定しても、様々なケースが考えられます。
暖房のおかげで光熱費が上がったり、降雪によって農作物に害が出たり、客足が遠のいた分店の売り上げに影響したり。
それこそ人や職種によって千差万別の問題ですが、さし当たって私に影響が出ることとなりますと、自動車の燃費が悪くなることでしょうか。
当たり前の話ですが、自動車は吸入した空気と可燃性のガス(ガソリンなり軽油なり)を混ぜ、爆発させることによりエネルギーを得ています。
その際噴射する燃料の量については、燃焼が運転状況に最適な状態になるよう、吸入した空気量などのデータからCPUが随時調整するという万全のシステム。
ここで何が問題になってくるかと言いますと、夏と冬では空気の密度が異なること。
物質の体積は絶対零度から温度の上昇に比例して膨張するため、真夏の空気は体積が増す分密度が低く、逆に真冬の空気は体積が減少する代わりに密度が上がります。その差、約1.1倍。
空気の密度が高くなれば、同体積あたりに含まれる酸素の量も増加するのは自明の理。つまり、実質的に吸入空気量が増えることとなり、最適な燃焼を保つべく、CPUは燃料噴射量の増量補正を行います。
細かいことを抜きにして結論だけ言えば、気温が下がればそれだけ燃料の消費が激しくなるということ。
勿論、燃料消費量が増せばそれだけ出力も上がるのですが、それでも燃費の悪化は避けられません。
私の実感としては、真夏と真冬ではリッターあたり1km前後の差といったところでしょうか。
下がらないかな…。ガソリン税…。
切り込み付きマジックカットを作れば…
八百長の心配なく見られるスポーツって、もう高校野球くらいしか残ってないよね。
─天の声
マジックカットの切り口が上手く開けられないckckです。
ビニールが曲がって切れなくなってしまい、ハサミのお世話になること多数。
そもそも、どこからでも切れる利便性がマジックカットのマジックカットたるゆえんなのですが、実際に切るのは袋の上端部ですよね。
なら、中途半端な便利機能をつけるよりは、切り込みの一つでも入れてくれた方が使いやすい気がしてなりません。(元は切り込みの見えない老眼の方向けの開封機構)
世の中探してみますと、他にも日常生活ではあまり役に立たない機能は多々あります。
適当に挙げてみますと、
・テレビ電話
→顔が見えていると返って話しづらい
・風呂場の緊急時呼び出しボタン
→押してから倒れる程の余裕なんて普通ない
・ウインドウズの各種ショートカットキー
→覚えるのが面倒くさい
・Xbox360の音楽機能
→用意されているゲーム音楽で十分
・Wiiのニュースチャンネル
→ネット環境があるならPCで見たほうが早い
・UFOキャッチャーのアーム回転機能
→回転したところでアームが圧倒的に握力不足
・お財布ケータイ
→そもそも普及してない
こんな具合。
ネタとしてのパンチ不足が否めないので、ねんきん特別便あたりで落とそうかと考えたものの、便利機能ではなく単なる役所の怠慢と無駄使いによる産物なので泣く泣く割合しました。
瞬殺されても気にならなくなってきた
いいとものテレフォンショッキングに小堺一機を呼ぶか、ごきげんようのゲストにタモリを呼べば、視聴率40%は硬いと思うんだ。
─天の声
ギルティギア2の通信対戦にて、今日も元気に負けを重ねているckckです。
ちなみに現在の成績は、38勝136敗、勝率僅か21.38%。負けるにしても、限度があるような。
5戦しても1勝程度しか期待できない腕前については、私自身さして気にしてはいません。
戦うからには勝ちたいという思いもあるにはあるのですが、『勝敗に執着するよりはゲームそのものを楽しみたい』というのが私の理念です。その大半が敗北というのはいささか悲しいところですが、自分の実力を出し切っての結果とあれば納得する他ないでしょう。
一応、対戦相手に失礼のないよう、大勢が決してもギリギリまで足掻くことにはしていますし。
問題は、その程度の腕しか持ち合わせていない人間が、ゲームについて何かしら意見を述べたところで、果たして説得力が付いてくるのかというところにあります。
仮に、ウメハラ氏と私がそれぞれ「格ゲーとは何か」について語った場合、両論に介在する説得力の差は段違いや桁違いといったレベルではなく、天文学的な領域にまで達してしまうに違いありません。
造詣(ぞうけい)の深さは目に見えるものでない以上、結果なり肩書きなりでその裏付けをしてやる必要が出てきますからね。
私には間違いなく、その点が大きく欠けています。
それでもなお、私のゲーム語りに説得力を見出すとすれば、連敗に次ぐ連敗にも関わらず対戦を楽しめている点をポジティブに解釈するしかないでしょう。
少なくとも、『ゲームへの愛』(下手の横好き)なら人並み以上の自負がありますからね。
ただ、それが批評なり考察なりにどれだけの説得力を与えるかとなると…。
動作を安定させるアップデートを熱烈希望
リアルガンダムの制作費が800億円と聞いて、安いと思うのは私だけかな。
ガンタンクなら、もっと安く、もっと実戦的に作れるような気も。
─天の声
Xbox360で通信対戦をしていると、1日に2〜3回ペースでフリーズをくらってしまうckckです。
陥ってしまうと電源を切るしか対処法が無いため、その度にレッドリングが出るのではと肝を冷やしています。
本体が壊れる壊れないの問題もありますが、何が一番手痛いって、通信切断によるゲームの強制終了。
なにせ、電源を落としたこちらは勿論、対戦していた相手側のゲームも終了させてしまいますからね(GG2の仕様上)。
私の勝ちが確定しているような状態でフリーズするのならまだしも、敗北寸前のような状況下で強制終了を余儀なくされるとたまりません。『ゲームのぶち壊し+相手の勝ち星の消滅』と、相手方に対して二重に失礼な事態を引き起こす上、「ひょっとして逃げたのではなかろうか」との疑念を抱かれてしまいます。
一応、フリーズする度に謝罪のメールを送ることにはしているのですが…。
現在の箱○は日本人向けのタイトルが充実し始め、プラチナコレクション(廉価版)や本体のバリューパックなどで価格面でも悪くないレベルになっています。今後発売が予定されているタイトルも、PS3と同等かそれを超えるラインナップです。
にも関わらず日本で箱○が売れていない(現在50万台強)のは、下位互換に弱い(Wii→GC・PS3→PS2・Xbox360→Xboxの一部タイトル)という欠点以上に、前述したフリーズやディスク研磨問題によって、不良品としてのイメージが定着してしまっているせいでしょう。
こればかりは、ユーザー側での対処が不可能ですからね。
それでも、最低限動作を安定させるべく、箱○HDDのキャッシュのクリアと簡易的なデフラグを実行しつつ、今日も懲りずに通信対戦に勤しんでいるのですが。
駄目だ…詩的表現は駄目だ
反捕鯨団体のやってることって、テロ組織のそれと比較しても遜色ないよね。
─天の声
岡山県南部に降った初雪が嬉しくて、思わず外へと飛び出してしまったckckです。
童謡に歌われる犬と、大差ありませんね。
雪という単語には「白い」「きれい」と言ったイメージがありますが、見上げた空にある雪は、まだ薄汚れた灰色をしています。
ゆったりとした落下速度も会い余って、それこそ灰だかゴミだかが降ってくるようにしか見えません。
その雪がようやく白く美しく見えるのは、家の高さほどまで下りてきて、太陽の光を反射し始めてから。ある人の胸には郷愁を、ある人の胸には童心を呼び起こす輝きを放ちながら、止まることなく落ちてゆきます。
そして、地面に到達した瞬間に、解けてしまう。まるで、初めから雨粒だったかのように。
その間、僅か1秒か2秒。
折り重なり白く輝く部分だけ見ていれば、なんと言うこともない、天候の一種なのかもしれません。
しかし、空から舞い降りてくる一粒に注視すれば、積もることの無い初雪が見せてくれる、ほんの一瞬の美しさに気付くことができます。
などと、昼間に調子に乗って書いてみたら、夕方になっても止む気配を見せず、夜にはしっかりと積もっていたのですが。
良かった、無駄にオチが付いて。
解説系コメが地味に勉強になる
ガソリン税引き下げの論点は道路財源の確保がもはや経済的障害にしかなっていないという点にあって、それに伴う環境問題云々は要点のすり替え以外の何物でもないのでは。
仮にそう議論を展開したいのであれば、せめてガソリン価格の高騰とともに温室効果ガスの排出量が減少しているという、明確なソースを出すべきかと。
─天の声
ニコ動にて改変SLGのプレイ動画を軽い気持ちで視聴したところ、うっかり丸一日費やしてしまったckckです。
確か朝9時から見はじめたはずなのに、気が付いたら夜中の12時だったときには流石に各種危機感が。
(私が勝手に呼んでいる)改変SLGがいかなるものか適当ながらも一応解説しておきますと、戦略系SLG(三国志とか信長の野望とか)に搭載されているキャラクターエディタ機能を利用し、他のアニメやゲームのキャラなどを武将(及びその他モブ)として登場させているゲームのこと。極限まで要約すれば、MADゲーとでも呼ぶべき代物でしょうか。
さらに言えば、いくらデータをいじろうとも単なるプレイ動画では他作品からキャラを引っ張ってきた意味合いが無いに等しいため、幕間に紙芝居的なADVパートが挿入されたり、通常のSLG画面でもキャラの掛け合いが頻繁に行われることとなるのですが、これが異常なまでの面白さ。
原作ないし二次設定に準拠する他作品のキャラクター達が、三国時代の英傑や戦国時代の大名と肩を並べて戦場に立ち舌戦を繰り広げる様は、少々シュールながらも笑いと感動をもたらしてくれます。
当然のことながら、出来上がった映像作品は著作権的にグレーないしブラック(たまに権利者削除アリ)なものとなる訳ですが、そこには「ストーリー設定・ゲームデータ改変・実プレイ・動画編集…etc」尋常ではない時間と努力と才能の無駄遣いが存在する訳で。その作業量から推定するに、1シリーズの制作ですら、ツクールVXで大作RPGを完成させるのとほぼ同等かそれ以上の魂が込められているものと思われます。
著作権違反を幇助するつもりはありませんが、人が丹精込めて作り上げた作品を一元的視点から切り捨ててしまうのは、非常に勿体無いことではなかろうかなと。
完成度の高いものは、その発想から映像加工技術まで、本当に見る人を楽しませるよう設計されていますし。
などとのたまいつつも、最も腹の底から笑ってしまうのは、視聴者によるコメントのやり取りだったりするのですが。
ニコ動では、コメントまで含めて一つの作品ということで、どうか一つ。
時事的にセンター試験ネタで更新したかったのだけど、高校中退してるからなあ…
試験最大の敵。
それは、マークシートの回答ズレ。
─天の声
バイトが無いからといって家で終日ゴロゴロしていると、ブログのネタが出てこなくなるckckです。
引き篭もりはダメだよなあ。やっぱり。
人間、いくら頭を捻ろうとも0から1は取り出せず、アイデアを生むためのリソースも原則有限に設定されている訳で。毎日同じような生活を繰り返していては、あっという間にアイデアが枯渇してしまいます。
一応、昼食や夕食の写真で毎日更新し続けるといった究極的な解決策も存在することにはするのですが、それは流石に当ブログのあって無いような趣旨からも外れてしまいますし、内容としてもあまりにアレ(諸事情により婉曲表現)過ぎて実行する勇気もありません。
つまるところ、何かしら書こうと思えば、そのアイデアの取っ掛かりになるような刺激を、毎日とまでは行かなくとも一定の期間ごとに脳へと投与してやる必要が出てきます。
ここで重要なのは、更新の内容と全く関係の無いような類の刺激であっても、割と効果があることでしょうか。
漫画についての考察を行いたい場合、次から次へと漫画を買い漁るのも悪くはありません。が、たまにはゲームに浮気してみたり、小難しい小説を斜め読みしたり、近所を適当に散歩するだけでも、漫画に対する考察の幅は広がっていきます。
新たな発想や切り口に気付くには、刺激の質を一時的に変え、新たな視点から物事をとらえなければなりませんからね。入浴中に金の比重について思い至ったアルキメデスよろしく。
(もっとも、考えるべき対象にそれなりの知識なり経験なりを持ち合わせていることが前提ですが)
星新一氏曰く、「アイデアは異質なもの同士を結びつけることで発生する」とのこと。
発想の引き出しを増やすためにも、多少面倒でも様々な経験や体験を積んでおいた方が良いのかもしれません。
『かすり』が怖くて出来ませぬ
どうせマスコミ関係者は、軒並みインサイダー取引やってるって。
報道する側の不正は報道しないってのが世の常だし。
─天の声
STG全般で敵弾がどうしても避けられないckckです。
達人クラスのリプレイなどを拝見すると、果たして同じ人類なのかと疑ってしまうくらい。
何故に被弾してしまうのか。ヘタレシューターながらも割と真剣に検討してみたところ、視野を広く取りすぎていることが原因ではなかろうかという結論に。
私はSTGのプレイ中、『自機位置』を確認しつつ攻撃を命中させるために『敵位置』に照準を合わせ、回避するために『敵弾』を注視するという作業を繰り返しています。
敵を倒さなければクリアできませんし、再々攻撃をくらっていてはクレジットがいくらあっても足りませんからね。独学で適当に遊んでいる限りでは、だれしもこの程度に落ち着くのではないでしょうか。
しかし、『敵位置』を確認しつつ『敵弾』を追っていては、無数にばら撒かれる弾の全てを認識することになってしまいます。
実際に自機を狙ってくる弾の数は五指で足りていたとしても、脳にその数十倍もの軌道予測を入力してしまえば処理能力上オーバーフローを引き起こすのは必然であり、結果として生ずる無駄な動きから被弾してしまうのでしょう
ジャンルは変わるものの実例として、音ゲーには「ハイスピード(譜面の落下速度増加)」「SUDDEN+(画面上部の譜面が隠れる)」といったオプションが存在します。
一見難度を高める方向に作用しそうな機能なのですが、実際は一度に入力される情報量を減少させることで譜面が見やすくなるという効果があり、ほぼ全てのプレイヤーがこれを利用するほど。
これをSTGに応用するならば、発射される敵弾は見ることなく自機周辺を注視し、反射神経に頼って回避を試みるという手法になりそうです。
命中精度の低下は否めませんが、弾幕の数に圧倒されることは減るでしょう。
などと考えながら意気揚々と『奇譚イワナガ』でこれを実践したところ、回避は容易くなったものの今度はこちらの攻撃が当たらなくなり、結局はタイムアップで死んでしまうという阿呆な結果に。
ゲームって、ホントに上手く出来てますね。
ストレス解消用のドライブが最も危険
クイズ番組の優勝商品って、ホントは配られてないんじゃないだろうか。
黒柳徹子や坂東英二の家が、世界各国の面白グッズで溢れてるって話は聞かないし。
─天の声
免許をとってそろそろ3年、今のところ無事故無違反で車を運転できているckckです。
もっとも、明日にでも白バイにしょっ引かれているかもしれないのですが。
無事故無違反を通すには、それなりの運が必要だと、私は勝手に考えています。
法廷速度を遵守していたとしても、目の前の角から子供がいきなり飛び出してくるかもしれませんし、前を走っていた二輪車がいきなり横転しないとも言い切れません。
逆に、速度超過に信号無視に対向車線走行にと四六時中違反だらけの運転をしていたとしても、実際に事故を起こすか警察に見咎められない限り、免許上は優良ドライバーとして記載されてしまいます。
なんだか、事故を起こした人間の言い訳みたいですが。
勿論、居直った違法運転を勧める意味合いではなく、世の中『絶対』は無いという話。
極端すぎるかもしれませんが、ハンドルを握っている以上、次の瞬間には人殺しになっている可能性がありますからね。しかも常時。
私に出来ることと言ったら、安全確認や車間距離に注意を払い、事を起こしてしまう可能性を削っていく程度でしょう。
ゼロではなく、ゼロに近づけていくことが関の山。
自動車とは、年間に五千から一万人を殺している鉄の塊です。
その運転を『免じて許されている』人間が持つべき自覚は、私の場合及第点に…達していないと思っておくくらいが安全なのかもしれません。
恐らく、焦らしプレイの一種
枕草子や徒然草は、日記系ブログのさきがけ。
─天の声
2008年、初めて本気で腹が立ったニュースが、スマブラXの発売日延期の一報だったckckです。
10年前の私が今の自分を見たら、何て言うかなあ。
自嘲的な気分は放っておいて、今日は真面目にゲームの話。
ゲームの発売日を延期する理由は基本的に二通りで、『純粋に制作が間に合わなかった場合』と『重大なバグが生産寸前で見つかった場合』に分けられます。
主となる見分け方は延期の期間で、前者は1〜2ヶ月から長ければ年単位、後者は延期が数週間程度のもの。
もっとも、長期の延期の方が圧倒的多数(ドラクエシリーズなど)であり、短期の延期はリメイク版TODや今回のスマブラXなど、あまり見られた事例ではないのですが。
短期の延期が稀有な理由は、発売日を先延ばしにすることによって被る金銭的(違約金等)なマイナスと、多少のバグを放置することによって生ずるプレイヤーからの評価面でのマイナスを秤にかければ、金銭的損失の方が大きくなってしまうからでしょう。
ゲームの進行に直接関わるようなバグでなければ、メーカーもある程度は黙認して出荷してるような感がありますし。実際のところ、バグや不具合が皆無なんてゲームの方が少ないというのが現実です。
まあ、あまりゴリ押ししすぎた結果、回収騒ぎに発展し、金銭的にも評価的にも多大な損失を出したケースもあるのですが。
スターオーシャン3とか、フォーエバーブルーとか。
逆に考えれば、短期の延期とは致命的なバグが見つかったという報告であると同時に、ゲームそのものは完成しているという証明でもあります。
ゲームが未完成な上に致命的なバグが見つかったとあっては、一週間やそこらじゃ到底足りませんからね。
いっそのこと、わざわざ一週間の延期をとってまで完成度を高めていると、ポジティブに考えておくことにしましょうか。
大人になると言うことは、狂気を受け入れることなのだろうか
携帯電話が小学生にまで普及したんだもの。
年賀状を書く必要なんて、社会人くらいにしかないのでは。
─天の声
バイト先の工事現場に雇われている警備員のおじさんと、無意味にネガティブな世間話を繰り広げたckckです。
最初は子供の頃の思い出話だったのですが、気が付けばこの国の労働体系に対する不満が話の中心に。我ながら、何をやっているのか。
おじさんといっても、60は過ぎているであろう人生の大先輩。
色々とお話をうかがった結果、世の中の腐り具合に一層の核心がもてました。
以下、おじさんとの会話をまとめてみますと、
「毎日毎日、朝から晩まで汗水流して働いて、得られる賃金は何とか生活ができる程度のもの。
サービス残業は当たり前、休日が取れるか否かは仕事の進捗状況に左右され、体が壊れるまで働いたところで何か保障がある訳でもない。
それならばと出世したところで改善される事もなく、下からは突き上げられ、上からは何かしら文句を言われた挙句、任される仕事の量と責任が増えるだけ。
給料はさして上がらないくせに物価と税金ばかりが上がり、社会保障の制度は手薄になるばかり。
実質給料の積み立て分であるはずの退職金や年金の制度は崩壊寸前まで至っており、老後にも大した希望は無い」
といった具合に。
文章である分まだマイルドですが、実際の会話では、そこかしこに実感がこもり過ぎていて怖いの何の。退職した方の苦労話ならまだしも、なにせこちらは現在進行形。
そんな、アリかハチのように働き続けることが、日本では半ば当然のこととして蔓延しているのですけれど…働く側としては誰一人、そんなことを望んではいないんですよね。
濡れ手に粟とまでは行かなくても、せめて人間らしい生き方をしたいと。
この世界は腐っているのではなく、緩やかに狂っているのかもしれません。
少し腹が立ったので、国士で沈めました
成人の次に来るお祝い事って、還暦だよね。
─天の声
家族で麻雀を打っていると、「手がぬるい」だの「待ちが丸分かり」だのとボロクソに言われてしまうckckです。
技巧派を自称する兄や弟から見れば、ゴリ押し派の私の打ち筋は雑多なものに見えてしまうのでしょう。(それでもトータルではダントツのトップ)
そもそも、ゲームって楽しめてナンボじゃないですか。麻雀に限らず。
勝てば嬉しい負ければ悔しいってのは確かにありますが、ゲームそのものが楽しければ負けたって構わないはずです。(何か賭けていればまた別ですが)
原点を忘れ、技能の向上に熱を上げ、対戦相手を貶め、勝敗や点数のみに執着するようになってしまっては、本末転倒もいいところでしょう。
「技能があった方が遊び方の幅は広がるし、勝ち負けを意識することでより熱中できる」と言われれば否定は出来ないのですが…なんだか窮屈に感じるんですよね。勝つことにこだわる人を見てると。
どうせ趣味なんですし、奔放に構えておくくらいが適当かと。そうすれば、負け戦でもそれなりに楽しめます。
といった趣旨の話を家族麻雀の最中にしてみたところ、「それは負け組みの発想だ」と一笑に付されてしまったのですが。
独学ながらも両手九指
高校生が抗卵アレルギー効果のある鶏卵を開発したそうな。
将来ビッグビジネスに発展した場合に、彼らに相応の対価が支払われるのかが不安。
─天の声
最近ようやく、ブログであればキーボードを一切見ずに書ききれるレベルのブラインドタッチに到達したckckです。
ただし、ローマ字入力限定ですが。
私という生き物は非常に不器用でして、指先の技能が求められる作業がこの上なく苦手です。
自動車の専門学校では、三度あったエンジンのオーバーホール全てに失敗(本体にヒビを入れたり、シャフトを折ったり、ベルトを切ったり)しましたし。プラモデルを作ろうとすれば、何故だか部品が割れてしまい、生まれてこの方完成させた試しがありません。
その作業精度たるや、作業を見る人間に「もしかしてわざと壊してるのか?」といった疑念を抱かせるほど。
そんな私でも一応は人間だったらしく、どうやら『やれば出来る仕組み』が備わっていたようです。
タイピングソフトで指とキーの対応を理解し、毎日飽きもせずブログを書き続けることで打鍵の無意識化を図る。チャットに参加することで速度の向上を目指し、意図的に文字からの変換を抑えることで記号の位置を覚える。
成果=才能×努力の公式において、才能の係数が限りなくゼロ近い値に設定されていたがために薄皮を張り重ねるかのような鍛錬でしたが…薄皮にも厚みがある以上、積み重ねればそれなりの高さになるようです。
なお、努力の値に投入した数値は、私の場合は11年という歳月でした。
我ながら、不器用にも限度が。
21にして護身完成
ドライアイスから出ている白い煙は、二酸化炭素ではなく水蒸気。
─明日使えないトリビア
女性に対する興味と縁が無いことに、さしたる危機感を持ち合わせていないckckです。
何か不都合があるとすれば、リアルにゲイ疑惑を持たれることくらい。
『それなりに努力すれば、誰だって人並みにモテるようにはなるよ』などとおっしゃる方もいらっしゃるものの、やる気もなければ願望もないので、生涯に渡って現在のペースを維持するであろうことは確定的と言えます。
そして、極めつけは今日の出来事。
友人やバイトの先輩と遊びに出たゲーセンの帰り道での、何の気なしに行われた会話、だったはずなのですが。
友「あのゲーセン、女の子だけのグループも居たからさ」
私「え?」
友「とりあえず指輪の有無だけは確認して、声をかけようかとも思ったんだけど…」
私「ちょっと待ってください。店内に女性なんて居ましたっけ?」
友「…はい?」
冗談抜きで、女性が居たことに気付きませんでした。
ゲームに夢中だったのも理由の一つかもしれませんが…見えていなかったんですよ。視覚的に。
某格闘漫画曰く、「真に護身が完成すれば、そもそも危険には近づけない」。
合気柔術の達人がのみが至る境地だと考えていたのですが、方向性次第では若くしての到達も可能なようです。
例えば、「真に護身が完成すれば、そもそも女性を認識できない」といった具合に。
自殺するほどの絶望もないが、生きるに足る希望もない。
え、もう平成20年だって?
嘘だろ?そんなの。
─天の声
今日も無気力かつ全力で工事現場の雑用アルバイトに励んだckckです。
使用済みコンクリ(砂状)袋を数百単位で整頓したところ、体の色が変わるほどの粉塵に見舞われ、僅か半日で鼻の奥までモルタル舗装されてしまいました。
そんな連日の頑張りが認められたのか、それともバイトに誘った時点から考えていたのか。同じ現場で働いている孫請け一人親方である父から「やりたいことが特にないなら、アルバイトじゃなく俺の下で社員として働かないか」とのお誘いが。
条件は、『給料は実労働時間×1000円(日給の上限は8000円)・仕事の有無は前日の夜に連絡・仕事の内容は当日に報告』といった具合。ちなみに、今のバイトと何一つ変わりません。
それならなぜに社員扱いにするのか、本人の口から聞いたところによると、
・バイト扱い→実際に働かせた分だけしか上に請求不可
・社員扱い→固定給分を上に請求し、働いていない時間の給料を中間搾取可能
との思惑があるようです。
まさか息子の給料をピンハネする予定とは…我が父ながら大物過ぎます。
しかしそれでも、まっとうな人生を歩むためには、それ相応に働かなければなりません。
高校・専門あわせて3度も学校を中退している身としては、再び進学するつもりなど毛ほどもないため、このまま順当に生きればコネ無しでの就職は生涯に渡って困難でしょう。小説家を夢見てフリーターを通すのも悪くはありませんが、期待値が低過ぎて博打すら成立しません。
父の一人親方も向こう10年が限界(=私の失業)だとか、金があったところで欲しいものが何もないとか、そもそも土建に興味がないとか。問題は山と詰まれていますが、それでもまあ、何の行動も起こさないよりは幾分マシでしょう。
私の人生において切ることの出来る、最後の修正舵かもしれませんし。
などと考えつつ、終業の連絡を行うために事務所の現場監督を訪ねたところ、携帯電話で「菓子折りを用意して…」とか「5万円分くらいの商品券を…」といった大変キナ臭いお話をされてました。
近隣住民との間にトラブルがあったのか、それとも893のお相手か。
…やめようかな。やっぱり。
やりたいことだけやる。少なくとも、趣味の世界では。
洗脳系動画をBGMにブログを書いてみる。
─ゲシュタルト崩壊を目指した自分イジメ
他のサイトと連動するような活動を一切行っていないため、ブログのアクセス数を順調に落としているckckです。
プンゲレビューもなければイチオシにも参加しなかった今月は、お客様が文字通り半減しているという驚愕するほどでもない事実が。
当たり前の話ですが、ブログなりサイトなりにアクセスしてもらうためには、まずリンクを張ってもらう必要があります。
ネットの性質上、お客様の数は外部とのパイプの太さ及び本数に比例しますからね。リンクそのものからおいでになる方々は勿論、被リンクによって検索エンジンからの評価が上昇することも見逃せません。
極端な物言いになりますが、単にアクセス数だけを求めるのならば、内容の向上は別段重要ではないのです。むしろパイプを引っ張ってもらうための広報活動の方が、確実かつ堅実に成果を出してくれます。
事実、以前私が管理していたサイトにおいて「コンテンツに力を入れるよりも、○○ランキングや○○同盟への参加を増やした方がアクセス数が安定して伸びる」という経験をしていますし。このブログも、お客様の大半は激辛に関連したリンクからです。
レビューへの参加が許されていなければ、この文章は誰にも読まれることなく過去ログへと流れていったことでしょう。
反面、そういったことばかりに重きを置いていると、人間当初の目的を忘れがちになります。
ブログにしてもサイトにしても、立ち上げる以上、度合いの多少はあるにせよ「より多くの人に見てもらいたい」という自己顕示欲の現れです。書き起こしただけで満足出来るのであれば、ネット上で公開する意味がありません。
それと同時に、アクセスアップ自体を第一目標に掲げる方もまた、そういないことでしょう。基本的に、意見なり主張なり情報なりが先にあって、見てもらいたいという思いはそれに付随してくるものです。
しかし、アクセス数を重視するようになると手段と目的が逆転し、「見てもらうために新しい活動を展開していく」なんてことも少なくありません。
前述の私が管理していたサイトを閉鎖した理由の一つに、「いつのまにか、アクセス数のためにやりたくないことまでやってしまっていた」というものがあります。
それは大変些細なことだったのですが、気付いた瞬間、自分で作ったものを自分の手で壊してしまったかのような空虚さを味わいました。
その教訓を生かし、このブログでは書きたいことしか書きませんし、やりたくもない広報活動も行わないことにしています。
アクセス数を気にかけることそのものを否定するつもりはありません。
読み手の反応を重要視するという、素晴らしい意識だと思っています。
ただ、その数字ばかりに目が行くようになると、何かを見落とすようになってしまうのではなかろうかなと。
TrueSkillの機能
物置の性能として、100人乗れることがどのあたりに必要なのだろう。
─天の声
Xbox360で世界中のプレイヤーと毎日のように対戦しているckckです。
リアルに遊び相手が居なくても相手に困らないとは、便利な時代になったものですな。
さてさて。
XboxLIVEで通信対戦には、勝敗ランキングの他にTrueSkillなるランキングが存在します。
『本当の技能』という名前からしてプレイヤーの技量を表す数字だとは思われるものの、イマイチピンと来ません。
と言う訳で検索に掛けてはみたものの、ヒットしたのは「True Skillってなんだろう」といったブログが大半。
あれこれ回った挙句、到達したのは、M社の解説サイト。しかも英語と小難しいグラフや数式ばかり載った、開いた瞬間に理解への努力を放棄したくなるようなページ。
それでも分からないまま放置しておくのも寝覚めが悪いので、エキサイト翻訳にぶち込みながら大まかな意味合いだけでもつかんでみることに。
出力された文法と単語が滅茶苦茶な日本語訳から、かろうじて読み取れたことを要約すると、
・単なる勝ち数負け数だけでは、プレイヤーの正確な腕前を表すことが出来ない。
→TrueSkillという判断基準を設け、ゲームごとに設定された採点法で技量を判断し数値化する。
→これを参考にマッチングを行うことで、実力の近いプレイヤー同士で対戦することができる。
→結果として、全てのプレイヤーが対戦をより楽しむことが可能となる。
ということらしいです。
ゲームの勝ち負けは勿論、ギルティギア2ならプレイヤーキャラの操作技能やサーヴァントに出す指令の的確さ、カタンなら自身の展開の上手さや他プレイヤーに対する順応性など、勝負の内容から評価されているのでしょう。多分。
額面どおりに働けば、大変便利なシステムのように思われます。
しかし、私がGG2をオンラインでプレイする限りでは、手も足も出ないような相手とのマッチングも少なくないというのが現実。
数字が正しく機能していないのか、それとも私がプレイヤーとして機能していないのか。どちらでしょう。
何事にも全力投球(バイトもニートも)
元猿岩石が再びヒッチハイクすること自体は、正直どうでもいい。
問題はアレからもう11年半も経ってたということだ。
─天の声
建設現場のアルバイトにて足場の掃き掃除を行ったところ、職人の方から「きれい過ぎて逆に仕事しづらいわ」とのお言葉を頂いてしまったckckです。
頑張ったなと褒められたのか、それとも丁寧過ぎだとたしなめられたのか。
何にしても、多かれ少なかれ呆れられたのは確かなようです。
アルバイトを雇ったからといって別段掃除そのものが急務という事はなく、「職場が汚れてきたけど職人さんには頼めないから」程度のもの。
足場の撤去なり何なりを目前に控えていれば、また事情は違っていたのかもしれませんが…。工期は向こう三ヶ月ほど予定されているとのことなので、どれだけ一生懸命掃こうとも、すぐに砂と泥とコンクリ片にまみれることも確定済み。
そんな足場を、突然入ってきたアルバイトが一人で黙々と、石ころ一つ残さず掃いていたら、そりゃまあ奇異に映りますわね。
私自身、作業の不毛さと己のバカ丁寧さに辟易していましたし。
「肯定的に捕らえれば、何事にも全力で取り組める人材。否定的に捕らえれば、加減と協調性に欠ける人間」ってところでしょうか。
もし社会に出たら、上の人間は持て余すだろうなあ。
日曜の深夜にしみじみと
国の借金が770兆円とかあるのに、まだ海外にばら撒きますか。
─天の声
どのアニメを視聴継続して、どのアニメを切ろうか、真剣に悩んでいるckckです。
1日に7本なんて、流石に無理があるしなあ。
趣味における時間配分と言う奴は、それなりに難しかったりします。方針くらいは立てておかないと、すぐに余暇を使い切ってしまいますからね。
私自身、アニメにゲームにネットに漫画にブログにとそこそこ趣味の幅が広いため、何かに没頭してしまうと、他の趣味にまで手が回らなくなってしまうことが多々ありますし。
ゲームやネットなら多少の遅れは挽回できますが、アニメなんかは1話見逃しただけで後に響きます。休日であっても時間の使い方を考えておいた方が賢明かも知れません。
しかしながら、計画通りに時間を使ったところで、楽しくも何ともないんですよね。
「何時間ゲームをプレイして、夕食までに漫画や本を何冊読んで、風呂上りからネットを巡回しつつ何時までにブログを書いて、規定本数のアニメを見てから寝る。」なんて決めてから過ごす日曜に、一体どれだけの面白味があるのでしょう。スケジュールのきっちり詰まったパックツアー並みの息苦しさです。
そもそも遊びたいから遊ぶ訳であって、遊ぶために遊ぶようであっては、本末転倒も良い所でしょう。
「適当に時間は区切りつつも、適当にオーバーしてしまい、結局は夜更かしすることになる」
兼ね合いを考えれば、この位がもっとも気楽な遊び方なのかもしれません。
肩書きの必要性
「別にわざわざニコ動で見なくたって、普通にテレビで見れば良いんじゃない?」
「バカ野郎。字幕が流れない画面の一体何が面白いんだよ。」
─とあるニコ厨
フリゲれびゅわーずの『フリゲイントロクイズ大会』で、28問中わずか5問しか正解できなかったckckです。
フリーゲームのレビューなんかやって、本当に構わない人間なのかな。
何かを語ろうとした場合、肩書きと呼ばれるものが必要にして不可欠です。
内容に説得力を持たせるという、文章力だけでは不可能な役割を果たしてくれますからね。
例えば、本屋の店頭に将棋の戦術本が並んでいたとしましょう。
その筆者ないし監修の欄に、一方は○○九段と、もう一方は○○三段と表記してあった場合、まず間違いなく前者の売れ行きの方が良いはずです。
ついでに、その二冊の内容が全く同じものだったとしても、読んで身に入る量も九段の手によるものの方が上かと思われます。
段位とは実力の指標であり、その高さが戦術の裏づけとなりますからね。何の肩書きもない筆者と監修による戦術本となれば、店に置いてもらう所から困難なのではないでしょうか。
何の肩書きもない私が、フリーゲームについて語ったとき、その文章にはどの程度の説得力があるのでしょう。
趣味の世界ですし、楽しんでやるのが一番だとは思うのですが…。
何か書く以上、人の心を動かしてみたいじゃないですか。
気がついたら負けている人
野茂さんがまたメジャーに挑戦するとのこと。でも、もう今年で40なんだよね…。
現役続行は応援したいけど、コーチでも監督でも解説者でもいいから、そろそろ日本野球に戻ってきてくれないかなあ。
─天の声
ギルティギア2のオンライン対戦でコテンパンにのされているckckです。
実力差があり過ぎる場合には、冗談抜きで『何故負けたのか』が分かりません。
ゲームに限らず、『何故失敗したのか』に対する理解は非常に重要です。それが分からない限り己の弱点を克服することが出来ず、次回も同じ轍を踏むことになりますからね。逆に考えると、失敗に対する理解によって成長が生ずると言えます。
囲碁や将棋を例に挙げれば、「何手目が悪手だった」「読みが抜けていた」などの失敗を認識し、その対策を立てることでその技術が向上していく、といった具合でしょうか。
さて。『何故失敗したのか』が分からない状況はには、大まかに二つのパターンがあります。
一つは「相手の手の内の見えない勝負」だったとき。もう一つは前述の「実力差が大き過ぎる」場合。
麻雀やトランプのように相手の手が見えない戦いにおいては、勝敗の分岐点がどこにあったかを知ること自体にかなりの技量を要します。
トランプの大富豪であれば、「残り枚数が少ない相手に親を回してしまったこと」で負けたのか「序盤に弱いカードを処理させてしまった」のが失敗だったのか、それとも「配られたカードに差があった」のか。推測は可能ですが断定が難しく、対策を立てたところでそれが有効に働くとは限りません。
むしろ、臨機応変に相手の手を読むことの方が効果的でしょう。
相手の手の内が見えるゲームを用いて、対等な条件で勝負したとしても、実力差によっては失敗を認識することが出来ません。
極端過ぎる例ですが、仮に私と羽生氏が将棋でお互い平手の真剣勝負を行ったとします。
間違いなく、30手と掛からず投了に追い込まれることでしょう。しかも、敗因も何も分からないまま。
なにせ、私の差す手は羽生氏クラスから見れば全て悪手であり、どこにでも付け込まれてしまいますからね。
言ってしまえば、一戦交える時点で失敗している訳です。
結論として、失敗から学ぶには、自分と近いレベルの相手を選び、相手の手が見えなければその思惑を量りながら戦う。といったあたりが理想なのではないでしょうか。
当たり前と言えば当たり前なのですが。
もっとも、このような高説をのたまっているくせに、私自身の技量の向上は、牛の歩みよりも遅いのですけれど。


