2007-12

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今年の(個人的)お気に入りフリーゲームまとめ

東京ビッグサイトと縁が無いことを、喜ぶべきか否か。
─天の声

 

年賀状を二枚しか書いていないckckです。 
送りつける先が無いんじゃありませんよ。…エコですよ!

さてさて、当ブログも今年最後の更新となりました。
〆はやはりフリーゲーム関連の記事で行きたいがため、去年に引き続き今年もやります。
2007年にプレイしたフリーゲームで、印象に残った作品ベスト5

相変わらずスクリーンショットが低画質、かつ殆ど無許可での紹介となっておりますが、勘弁してやってください。(本気でまずかったら消します)

 

五位
ナンピク

ナンピク

14プンゲにおいて準優勝を果たした、数字を『描く』パズルゲーム。
升目に描いた数字の合計を規定の値にする」という大変シンプルなルールに、見やすいグラフィックと選曲可能なサウンドがマッチした一本です。
プンゲにあわせた問題数が少々物足りないのですが、バージョンアップによってそれが確保された暁には、激辛のイチオシレビューでパズルジャンル初のA評価を獲得するのではないでしょうか。

 

四位
モグラリバース2

モグラリバース2

アクション要素満載のファンタジー横シューティング。
打ち返し弾の有無から選択できる上、八方向ワイドショットやバリア・必殺技などが搭載され、非常に初心者に優しい仕様となっています。
ファンシーなグラフィックのおかげでとっつきやすく、私のようなヘタレシューターには大変ありがたい作品でした。

 

三位
HellSinker.(体験版)

ヘルシンカー

痺れる程の高難度・目を疑うほど美麗なグラフィック・鳥肌もののサウンドが融合した、達人向け縦シューティング。
らじおぞんでを制作されたRANYON様が手がけた作品と言えば、大方理解してもらえるでしょうか。
もっとも、1500円で販売されている作品の体験版なので、フリーゲームに分類するのは間違いかもしれません。が、それも承知の上で紹介させていただきたい。

 

二位
魔王物語物語

魔王物語物語

物語を紡ぐ物語という、独特の世界観を前面に押し出したRPG
グラフィックも、サウンドも、キャラクターも、敵も、システムに至るまで。全てが物語を織り上げる糸となっており、かなり高めの難易度が苦にならないという素晴らしい作品です。
プレイヤーに想像する余地を残す、絶妙な伏線の回収具合も高評価。

 

一位
ディアボロの大冒険

ディアボロの大冒険

「ジョジョ+不思議のダンジョン」という、史上最強クラスの相性を見せ付けるダンジョンRPGが、私が推す今年の第一位。
単なるキャラゲー・ネタゲーで終わることなく、一切の妥協が見られない作り込みによって、元となったシリーズを凌駕するクオリティを実現してしまっています。
このゲームの中毒性は他に類を見ないほどであり、「現実の道端でカエルを見つけたときに、罠で焼いて食おうと考えてしまった」「黄色い円形の物体が装備ディスクに見えて仕方が無い」など、各地で重症患者の報告が聞かれるほど。
無論、私もその例に漏れず、「レビューする時間も惜しい」とサルのようにプレイを続けていました。

 

次の一年も皆様と共にゲームを楽しめることを祈りつつ、この一年を別れを告げたいと思います。

それでは、良いお年を!

コルベットは、下手なベンツより値が張ります

遥か過去の日付で届く迷惑メールって、演出次第ではある種のホラーだよね。
─天の声

 

二日フルに働いただけで、インフルエンザをこじらせたような筋肉痛と関節痛にのたうっているckckです。
たかだか半年()の引き篭もりで、まさかここまで体がなまっていたとは。

仕事と言っても、所詮は未経験のアルバイト。任されたのは、五階建てのマンションに組まれた足場の掃き掃除などでした。
好意的に捕らえれば、何の技術も不要な単純作業。穿った見方をすれば、職人の方々には任せられないような雑用各種。
妥当な人員配置だと考えるべきでしょう。

そんな作業において何か問題があったとすれば、年末年始は作業が中断されるがために、防塵シートが丸めて柱にくくられていたことでしょうか。結果、20m離れた地上がそのまま目に入ってしまう状況に。
高所そのものも確かに不慣れなのですが、何よりも恐ろしかったのは下に停まっていた車達。コルベットインテRMR-Sにと、何故だかそちら系の車が勢ぞろい。で、清掃すべき足場の上には砂や小石ばかりかコンクリ片までが転がっており、吹き抜ける風の速度は10m/s

うっかり何か落としてしまった日には、車への直撃は避けられず、車種と損傷のレベルによっては二ヶ月ほどのただ働きが発生することに。逆に車を避けるように掃こうとすると、今度はマンションのベランダへゴミを投下する結果となり、住民の皆様にお叱りを受けること必至という二重の罠。
仕方が無いので、ちりとりで懇切丁寧にゴミを回収しましたよ。五階建ての屋上から、一人で、延々と(今も腰が悲鳴を上げています)

 

本職の方からすれば、「なんだその程度と」一笑に付されてしまうような話なんだろうなあ…。

疲れていると悪酔いするという典型

画面がかすんでよく見えません(過労的な意味で) 
─天の声

 

「実に半年ぶりとなる労働(丸一日)」「事前連絡無しに連行された我が家の忘年会」のダブルパンチによって、リアルにダウン寸前まで追い込まれているckckです。
いくら疲れていたとは言え、たかだか熱燗25勺と生中一杯で三半規管と海馬組織に影響をきたすほど酔いが回るとは、正に一生の不覚。以前は日本酒8合までいけたのに…。

降りしきる雨の中での仕事中、防塵シートの張りなおしや転落防止用のロープの設置、足場の清掃作業など、建設現場における各種雑用を押し付けながら私が行き付いた結論は、『自分は将来にわたって、まともな職に就くことが出来ないだろうなあ』というものでした。

なんと言いましょうか、私にはさしたる欲がないんですよね。
今のところは現状で満足してしまっていますし、金が手に入ったところで取り立てて何か買いたい品物があるわけでもありません。将来的に自分の家庭を持つ心算もなければ、金の掛からない趣味であるゲーム及びネットという趣味を生涯にわたって続けるつもりです。
要するに、欲しいものが無いがために、それを得るための手段としての労働意欲から湧かないという根っからのダメ人間と化しまっている訳です。


もっとも、どのような生き方であったとしても、それが当人にとって幸せなものであれば、他人に迷惑を掛けない範囲で思うようにやれば良いようにも思ってしまっているんですけどね。
そもそも、日本に住んでいる大半の人は、自分が富んでいるか貧に窮しているか気にする必要なんて無いでしょう。
金持ちという存在は、今日の寝床があって、明日の食事にあてがあって、欲しいものが適度に手に入る人のことだというのが私の勝手な定義ですし。

だから、メンテ長いって!

ネット上で信用ならないものは三つ。『上手い話』、『出会い系サイト』そして『サーバーのメンテ期間』。
─天の声

 

明日から建築現場でのバイトが始まってしまうという理由で、一日中欝に陥っていたckckです。
ああ、働きたくない。


などと末期的な愚痴をこぼしたところで何か変わる訳でもありませんし、そろそろ働かないとプロバイダ料金すら払えなくなる可能性があります。
回線が止まってしまえば禁断症状が発現することは必至のため、『一日働けば、ゲーム一本分…ゲーム一本買えるくらいの金が入るんだ』といった具合に自分を誤魔化しつつ、死なない程度に頑張らねばなりません。
肉体的にも、精神的にも。

丸一日のフル労働についていけるのだろうかとか、その現場の足場から落ちて意識不明の重体になった人がいるらしいとか、普段昼前に起床するニートが規則正しく朝6時に起きられるのだろうかとか。
不安は山ほどあるものの、そんなものに浸ったところで良いことなど一つもないので、適当にやる気を出しながら社会復帰の一歩を踏み出す予定です。


これで、ニコ動の超長期メンテさえなければなあ…。

ノリと勢いで国際交流中

クリスマスと正月が億劫になるのは、きっと半端に歳をとった証拠。
─天の声

 

Xbox LIVEで通信対戦を試みると、大概英語圏の方と当たってしまい、意思の疎通に四苦八苦しているckckです。
カタン(交渉ゲーム)で言語が通じないのは致命的。

それでも、事前にSorry. I can't speak English very well.”と断ってからゲームを始めれば『会話の流れ』がつかめる程度には言葉を選んでくれますし、私の英語がたどたどしくても必要な部分は上手く汲み取ってくれます。
こちらもゲーム内の用語くらいなら英語でも理解可能ですし、スラングが飛び出してもゲームの進行から何とか意味を推測できます。
気になった単語や言い回しは後で調べていますし、結局は何とかなっているのかもしれません。


好きなこと・楽しいことを介せば、普段は受け付けないようなことでも割とスンナリ頭に入ってくるんですよね。義務教育期間の英語教育が殆ど頭に残らないのは、学ぶ側が心底つまらないと感じているからでしょう。多分。
私自身、一度も英語の授業を楽しめなかったおかげで、学んだことの九割は頭の外へ逃げてしまっていますし。

日本の英語学習は、単語や文法を詰め込むばかりでなく、カタンのような交渉ゲーム(勿論会話は英語オンリー)を用いたカリキュラムを組むべきではないかと思えてきました。
遊びながら気楽に学ぶことができ、生徒が自ら実用的な語を模索するはずです。
費用だって、一クラス分のパソコンを導入するよりは、間違いなく安く上がるでしょうし。

プロを超えるアマチュアの力

日本酒は基本的に火がつかない。が、熱燗にし、ラップか小皿でしばらく蓋をすることで蒸気を溜めてから火を近づければ、引火させることが出来る。
─明日使えないトリビア

 

一駅離れたゲーム屋にて、ニコ動のMAD(リンク先はyoutube版)販促PVとして使用されていたことに驚愕したckckです。
公式のPVよりもウケが良いのでしょう。


真面目な話、店頭で流されるデモやCMって、開発プロジェクトの一端のはずなんですよね。出来の良し悪しで売り上げが大きく変わってきますし。
企業の規模によって差はあると思われますが、少なくともプロがある程度の金と時間をもらい、飯の種として作り上げていることには違いないでしょう。
ましてや、バンダイナムコの目玉タイトルであるビューティフル塊魂の販促用PVともなれば、相応の予算とスタッフが用意されたはずです。

対する上記のMADは、個人が製作した趣味の品です。
しかも恐ろしいことに、ニコ動へのアップロード日時がゲーム発売日の翌日となっており、実質的な製作期間は僅か一日。勿論、MADですから懐には一銭も入ってきません。
素晴らしいまでの『才能の無駄遣い』といえるでしょう。


かたやプロが作った公式のPV、かたやアマチュアが作り上げた非公式のMAD
店頭で後者が使用されていたということは、そちらの方がより販促効果があると、小売店側が判断したということに他なりません。
これは、アマチュアの趣味が、プロの仕事を超えてしまった事例ではないでしょうか。

 

フリーゲームの製作者しかり、ニコ動のMAD職人しかり。
趣味の領域で生きる方々の中には、本職を凌駕する技術の持ち主が数多くいらっしゃいます。
近い将来、企業が人材発掘に動いても、なんら不思議はないくらいに。

ゲームがネットを利用する時代

店頭で買った後にAmazonをチェックして、より安い値段で販売しているのを知ったときのショックと言ったら。
─天の声

 

クリスマスイブはXboxLiveで通信対戦にいそしむべく、プレミアムゴールドパック(テトリス+12ヶ月分チケット+マイク+200ゲイツ)を購入したckckです。
店に居た家族連れが眩しく見えたのはきっと気のせい。同梱のマイクが壊れていたのは、恐らくM社の陰謀。

最近は本当に、ネット対応のゲームが増えました。
ゲーセンに行けばMJや三国志大戦など、通信対戦を売りにした筐体が最も場所をとっていますし。家庭用のゲーム機でも現行の据え置き型は全てネットに接続することが出来ます。
後五年もすれば、ネット非対応の作品はなくなっているかもしれません。

ネットを利用した通信対戦最大の利点は、『常に自分の力量に合った相手と戦える』所にあります。『人間といつでも戦える』というのも魅力の一つかもしれませんが、それではわざわざゲーセンに行ってまで麻雀の通信対戦をすることに説明がつきません。
初心者は初心者同士、上級者は上級者同士で戦うのが、対戦における理想形ですからね。プレイヤーはモチベーションを維持しやすくなりますし、企業側もプレイしてもらえる分収益を上げやすくなります。

もしかすると、格闘ゲームが衰退した理由の一つは、『ネットへの対応が遅れたから』からではないでしょうか。
なにせ初心者がゲーセンの店内対戦を試みた場合、何もさせてもらえないまま20秒と掛からずのされてしまいますからね。
それならとゲームに通信対戦を盛り込んだとしても、物理的に通信ラグが避けられないため、今度は数フレームを争う上級者には物足りない仕様となってしまいます。

一応、Xbox360のバーチャ5などで格ゲーにも通信対戦が実用化され始めてはいるのですが…いかんせん、ハードがマイナーですからねえ。

来月発売のスマブラXには、通信対戦も含めて本気で期待しているのですが…。

バックアップに余裕が出来てから顕著

 M-1グランプリよりも、生活笑百科の方が面白いとあえて言ってみる。
─天の声

 

クリアしたゲームであったとしても、データを消去することには抵抗を感じるckckです。
思い入れの強い作品だと、特にその傾向が。


そもそも、ゲームの主人公というものは、仮想世界におけるプレイヤーの『分身』に他なりません。
キャラクターの外見や性格が事細かにと設定されていたとしても、彼らを操作するのはディスプレイの前に座っている私達ですからね。
主人公が正義感に溢れ、星を落とす力の持ち主だったとしても、こちらから働きかけなければ冒険は進まず世界も救われませんし。

逆に、彼らの遭遇するイベントは、私達の『体験』となります。
欝な展開に頭を抱えたり、何かを救えたことを誇り思ったり、悲壮な展開に心を痛めたり。感情移入の度合いによって程度は異なりますが、誰だってこの手の経験はあるはずです。
本や映画に感動するのと同じように、そこに現実と同等のリアリティを感じ取ることが出来れば、ゲームで涙を流すことだって何ら不思議ではありません。


しかしデータを消してしまうと、それらが全て、無かったことになってしまいます。
人知れず救った村も、手をとり戦った仲間も、獲得したアイテムも、きれいさっぱりなくなってしまいます。

確かに、データを消したところでプレイヤーの記憶は残り、私達は体験を得て冒険を終えられることでしょう。
けれど、仮想世界で戦った分身は、ただ失うだけです。手に入れたものから、存在そのものまで。
それがどうにも、不憫でなりません。

病気が治るのなら、一回くらいは…

新・名水百選には、ぜひとも『ナントカ還元(不謹慎なので以下略)
─天の声

 

不治の病(別名アレルギー性鼻炎)と日々戦うckckです。
皮膚から万能細胞が作れるとか言いつつも、鼻づまりを根治出来ないあたり世の中ゆがんでますな。

さて。
RPGなんかだと、『病に倒れた仲間を救うため、ダンジョンの奥に薬をとりに行く』なんてイベントが結構ありますが、よく考えると妙な話のような気が。
だってほとんどどの場合、死んだところで蘇生可能な世界じゃないですか。しかも、ステータス異常解消のおまけ付きで。

なら、一旦殺してから魔法なりアイテムなりで蘇生した方が、合理的かつ手っ取り早いはず。
助けられる側だって、病床で長いこと苦しんでから回復するよりは、一瞬の苦痛と引き換えに復活できるのならそちらを望むのではないでしょうか。


ただ、そんな展開には未だ遭遇していないので、やんごとなき事情で不可能なのでしょう。
『死者の蘇生はできても病の治療はできない』あたり、ゲームの世界も相応にはゆがんでますな。

批評の力

「今冬発売予定」のゲームって、早くても出てくるのは一月末だよね。
─天の声

 

手ごろな値段に惑わされては、ついついつまらないソフトを購入してしまうckckです。
mk2での評価をきちんと見てから買わないとなあ…。


でも、他人の下した作品への評価が、自分がプレイする際の面白さに影響することもありますよね
自身としては大変楽しめているゲームなのに、世間では並程度の評価しか受けていなければ、何故だか次のプレイからは物足りなく感じてしまったり。レビューの中で悪い点が列挙されていると、それが余計に目に付くようになったり。
逆に、さして楽しめなかったゲームであっても、世間で高い評価を得ていれば知らず知らず+補正が働いたり。馴染めなかったシステムも、斬新で良いと褒められていればそう見ることが出来るようになります。

要するに、批評には人の価値観を(微量であっても)動かす力があるのです
先人の格言でもなければ、偉人の名言でもない。顔すら知らない『誰か』の偉ぶったレビューであっても、受け取る側の感性に影響を与えうるのですからね。
言葉の能力というやつを、端的に表す例ではないでしょうか。

 

私も月一程度で、価値観を動かす側へと回ります。
なるべくなら、それを良い方向へもって行きたいと考えるのは傲慢でしょうか。

リハビリなど無い

ニコ動にプレミアム登録した後に残るウェブマネーの端数(320)って、みんな何に使ってるんだろう。
─天の声

 

睡眠時間よりもPCの起動時間の方が長いckckです。
ニート万歳!


そんな状況を見かねられたのか、父親の働く土建の現場で人夫として駆り出されることになってしまいました。
なんでも、年明けから三ヶ月ほど仕事が忙しくなるため、掃除片付けに軽作業にと、安く使える人手が足りないんだとか。

いや、構わないんですよ。働くこと自体は。
金銭的問題からも、「そろそろバイト始めないとまずいかな」くらいは思ってましたし。
ただ、丸々半年引き篭もってたところにいきなり課される仕事が、8:3018:00の肉体労働という辺りに辟易しているだけです。
ホント、死ななきゃいいけど。

 

現在、ダラダラと残りのニート生活を謳歌するべきか、それとも体力を取り戻すべく運動するか思案しております。
もっとも、運動するとしても、『Wii Fit』程度しかやる気が起きていないのですが。

勝負事のジレンマ

最終的にはオーシャンズ20くらいまでは制作されるのではなかろうか。
─天の声

 

遊び人レベル20くらいには到達しているはずなのに、賢者に転職できないckckです。
もっとも、このまま生きれば魔法使いは確定的なのですが。

今日は、遊びに特化した人生経験から一つ。

対人系ゲームにおけるジレンマのひとつに、「負けて悔しく感じなければ上達しないが、そのつど悔しがっていてはその勝負に勝てない」というものがあります。

格ゲーでも麻雀でも、強くなるにはまず負けなければなりません。
勝ち続けている限りは、トレーニングモードでコンボの練習を繰り返したり、本で何切る問題を解いたりはしないものですからね。
勝利への近道は敗北を糧にすることであり、それを実行できる人間がより高みに到達できる訳です。

しかし、実力を正しく発揮するには、少なくとも勝負の最中は平常心を保つ必要があります。
些細な判断ミスや一瞬の躊躇が勝敗を左右する対人戦において、精神的な動揺はミスを生むだけであり、自ら勝利の目を摘むことに他なりません。
悪手に付け込まれて型を崩し、それを引きずったせいで敗北、なんて経験は誰しもあることでしょう。


これらを踏まえると、「自らの失敗を冷静に判断し、勝負の後に一つ一つ検討できるタイプ」が理想的だと思われるのですが…。
今度は『遊び相手』として物足りなくなってしまうという新たなジレンマが。

ブログを継続させる10の基本

国家単位でUFOの存在が否定されてしまいました。
山根隆治参議院議員が、一体何を考えて質問書を提出したのか分かりかねますが。
─天の声

 

水とゲームと食料の投与によって、ブログを書き上げる機械と化しているckckです。
入力に対して出力が小さ過ぎますな。

さて。
どこかで聞いた話なのですが、世の中の大半のブログは三日坊主で終わってしまい、一年以上更新が継続するものとなると、僅か数%なんだとか。
私のようなタイプとなると、相当に奇特な例なのでしょう。

本人の意思でやめればよい世界には違いないのですが、才能を持った方がそれを発揮する前に消えてしまうのはもったいない限りです。
新しくブログを始められる方も、出来ることなら長く続けたいと考えながらログインボタンを押しているに違いありませんし。

そんな訳で、更新を続けるという能力にのみ秀でた人間から、ブログ継続のためのアドバイスをしてみたいと思います。


1. 何について書くか大筋で絞っておく
テーマなり方向性なりの縛りがあった方が、何かと書きやすく、読み手にも親切です。一昨日はゲーム、昨日は音楽、今日は料理とテーマがコロコロ変わっては、読む側としても困惑しますしね。
かく言う私も自由奔放にやっていますが、一応はゲームやオタク関連のネタを中心に描いているつもりです。

2.毎日・隔日・週一など、更新頻度を決める
『気の向いたときだけ更新』というスタイルを否定するつもりはないのですが、これは続けていくうちにモチベーションが低下し、更新頻度が徐々に落ちていく傾向が見られます。
多少辛くとも、更新頻度を安定させた方がブログは長続きするものです。

3.更新する時間帯を明確にする
人間、時間的余裕を失うにつれてアイデアがまとまりやすくなり、文章も細かいことを気にせず書けるようになります。〆切に近づくほど、漫画家の労働力が増大するのに近いかと。
ハードルを自ら設定することによって、逆に書きやすさが上がる訳です。

4.自虐ネタを適度に利用する
他人を批判するよりも、自分を笑いの種にした方が、安全かつ健全です。もっとも、限度はありますが。
少なくとも、自慢よりは自虐の方がネタとして当たり障りがありませんし。

5.ニュースや他のブログもチェックする
仕入れた情報は直接使うばかりでなく、話の発端や考え方の参考など、様々な用途があります。
自分には興味のないジャンルのニュースであっても、引き出しを増やす目的である程度は目を通しておくべきかと。

6.読み手を大切にする
コメントのやり取りや○○拍手などは、ブログ継続のモチベーションに大きく貢献します。
多少窮屈に感じたとしても、読み手を意識した方が良い結果をもたらすものです。

7.アクセス数が減少してもめげない
アクセス数の変動幅は意外と大きく、ある日突然半減、なんてことはザラです。そのつど気に病んでいてはキリがありません。
数字は指標の一つと捉え、自分のペースを維持することが重要です。

8.アフィリエイトに期待しない
アフィリエイトによる副収入を期待してブログやサイトを立ち上げる方もいらっしゃるかもしれませんが、超が付くほどの大手にでもならない限り、まともな収益にはなりません。
レイアウトやネタとして用いるのなら別ですが、設置するなら売れなくてもモチベーションが下がらない程度の心構えで。

9.2chで批判されても泣かない
行き過ぎた内容の記事を書いた場合、2chで晒されることがありますが、気にしない方が賢明です。むしろ、「お客様が増えてうれしい」くらいポジティブに考えましょう。
ただし、明らかに自分に非がある内容だった場合には、きちんと謝罪することも必要ですが。

10.犯罪自慢は厳禁
mixiと違ってブログは基本匿名ですが、過去ログから個人を特定することも不可能ではありませんし、コメント欄炎上のもとでしかありません。
ネットという仮想社会であったとしても、事の善悪は理解しておく必要があります。


なお、これらは単に「継続」させるための方法であり、内容の向上やアクセスアップとはまた別物です。
大体、日に100ヒット行くか行かないかの人間が、その手のことを語ったところで何の説得力もありませんし。

要するにハッタリ

責任を押し付けられる人間が居ると、政治家って強く出るんですね
─天の声


 


MJ(アーケードの麻雀ゲーム)で日々鍛えている兄や弟と麻雀やって、得点で上をいくckckです。
麻雀なんて、月に数回家族と打つくらいなんだけどなあ。無論、ノーレートですが。


思ったのですが、ネット対戦で勝利するのに必要な技術と、実際に牌を持って戦うのに必要な技術というものは、少しばかり方向性が違うのではないでしょうか。
そうでなければ、私が場数において圧倒的に劣っているにも関わらず、長期的に見ても勝利していることに理由がつけられませんし。



麻雀に限らずネットでの対戦は、顔どころか姿も見えない相手との戦いです。
相手の表情も分からなければ、手の動きすら感知することが出来ません。
結果として、画面に映し出された量の少ない情報をから勝利をもぎ取らざるを得ず、確率・統計・知識といった『合理性』に重点が置かれることとなります。


逆に現実世界での対戦は、相手と向き合っての戦いとなります。
相手の表情はもとより息づかいまで感じ取ることができ、手の動きどころかその強弱すら見て取れますからね。
やり取りする情報量が圧倒的に増えることによって、『合理』だけでなく『心理』も用いて勝負することとなります。
呼吸音や発声の度合いで相手の手を読んだり、逆にそれを利用して大きな仕掛けであるように見せかけたり。顔の見えない相手との勝負と比べて、戦術の選択肢は段違いに多くなります。
極端な話、『合理』で勝てずとも『心理』的に相手をおろすことが出来れば、最終的な勝者となり得る訳です



別に、仮想空間での修練を否定したいわけではありません。
ただ、その結果が現実世界にきちんと反映されるかとなると別問題だと。

駄目人間のために

「→」の変換は、
「ー>」でも可能。
─明日使えないトリビア


 


世の中の格言や名言には、偏りが激し過ぎると考えるckckです。
ポジティブ過ぎるんですよ、内容が。


その理由としては、「言葉を後世に残せるような人間は殆どが成功者である」ってことと「良い言葉しか後世に残らない」の二点でしょうか。
発される時点で前向きな発言が多いのに、私達の目に触れる段階でさらに選定されているわけですからね。
そりゃあ、世の若者に悪影響を及ぼすような言葉はそうそう残らないでしょう。


でも、ひたすらにネガティブな言葉にも、それなりに需要はあると思うんですよね。
例えば、私のような完全無欠のダメ人間が、それでもなお自己肯定したい場合とか。
…強く生きている人たちの言葉を聞くと、大変申し訳ない気分になってくるもので。


 


後ろ向きな言葉達でも、集めれば一冊の本くらい作れるんじゃないでしょうか。
現在の世相を鑑みるに、少しくらいは売れるような気がします。私的にぜひとも欲しいですし。

私が所持している星新一の単行本(ほぼ全種コンプ)は、全て『出版社別・発行順』に並べてあります。

日本における散弾銃の規制を強化するよりは、暴力団関係者の拳銃を取り締まったほうが治安維持につながると思うんだ。
─天の声


 


近所のブックオフにて、ジュースをこぼしたと思しきシミが全ページに付いていた「さよなら絶望先生」の単行本をつかまされたckckです。
絶望した!黄ばんだ本を250円で売る古本屋に絶望した!


私はどうにも、本を適当に扱うことが許せないんですよね。
読みかけのページを開いたまま床に放置しておくのとか、本に寄りかかっての立ち読みとか、順番通りに並んでいない単行本とか。
他人事ながら、見ているだけで怒りがこみ上げてきます。



それが当人の所有物なら一向に構わないと思うものの、まだ売り物の段階や借り物の本にはそれなりの礼節を持って接するべきでしょう。

いや、以前、バイトの先輩たっての希望で、私の最も気に入っている漫画を貸したことがあるのですが…。私の眼前でタバコの煙を、しかも数ページおきに吹き付けられた際に、怒りを越えて殺意と諦めの感情が芽生えてしまったもので。
「ああ、この人と理解しあうことは出来ないだろうな」、と。


 


ほんの些細なことであっても、人によってはそれが逆鱗に触れる可能性もある訳です。
私が神経質な人間であることに間違いは無いのですが、世の中にはこんな人間も居るという例としてとらえていただければ。

蜻蛉切が最強の槍だったら違和感があるし

 楽天の田中選手の来期の年俸が、4倍増の6000だと話題になっていますが…。
それよりも高給をもらっている楽天の選手となると、僅か4人しか居ないという方が驚愕の事実。
─天の声


 


まもも」に登場する武器、『人を殺せる本』は、月間少年ガンガンだと解釈しているckckです。
アレなら防御力上昇に最遅行動が付加されてもおかしくないでしょう。厚いし重いし。



今日は入りに絡めて、武器関係の考察を。


RPGに登場する最強武器の名前は、「横文字系」と「日本語系」に大別できるものの、大半の作品において「横文字系」の装備の方が優秀であるという傾向が見られます。
メジャーどころだとDQのロト・メタルシリーズやFFのエクスカリバーやアルテマウエポンなどが代表例でしょうか。
西洋ファンタジーがベース─つまり殆ど─のRPGで、最強装備に片仮名の入っていない作品となると、もう探す方が困難なくらい。(あってサガシリーズくらいかな?)


舞台が西洋だから』というのも「日本語系」が冷遇される理由の一つだとは思われるものの、私はもう少しひねた考えを持っています。
それは、『日本の神話や伝承に、西洋のそれを上回るほどの武具が登場しないから』というもの。


RPGの武具は、大なり小なり神話や伝承に影響されるものです。
エクスカリバーやレーヴァテイン・ゲイボルグに天叢雲剣なんかはモロですし、ロトシリーズなんかはゲーム内で伝承を作っています。
人外の魔王を打ち倒す装備となると、相応のバックグラウンドが必要となりますからね。


そして、仮想世界における武具の強さと言うものは、概念によって決定されます。
それらが実在しない以上、武具に対するイメージが、そのまま設定へ影響する訳です。


かたや、世界を焼き払う剣と混同されがちなレーヴァテイン。かたや、ヤマタノオロチから出てきた天叢雲剣。
そりゃまあ、「日本語系」がぞんざいに扱われても仕方ないでしょう。

ある人曰く、「青は進め、赤は止まれ、黄色は突っ込め」

「吉野家のテラ豚丼」、「KFCのゴキブリ揚げ」、そして「バーミヤンのゴキブリラーメン」。
ネット上での犯罪暴露が、株価操作の手法として確立するんじゃないだろうか。
─天の声


 


交通マナーには地域差があるらしいと最近知ったckckです。
他の県から来た人の話では、岡山県民の運転は危険すぎるんだとか。


私自身は極力安全運転に努めているつもりなのですが、一応思い当たる節が。



岡山県民の運転の特徴は、全体的なウインカーの遅さでしょうか。
交差点で曲がり始めてからウインカーを出す車なんて日常茶飯事ですし、車線変更し始めてからウインカーを出す車も多く見受けられます。
中には、ウインカーすら出さずに曲がったり車線変更する車も少なくありません


後、『信号が赤になってから右折する』車が多いのも岡山県の傾向です。
岡山県では信号が青から黄色になったところで、直進車両は容赦なく突っ込んできます。そのため右折する車が出遅れることとなり、赤信号になってから停止線を越えて右折する車が二台三台、なんて光景も珍しくなかったり。
逆に大阪方面だと、信号そのものはきちんと守るものの、『青信号になった瞬間に発車する』ことが習慣になっているんだとか。元が商売人の町だからでしょうか、少しでも遅れると後ろからクラクションが鳴らされるそうです。


ギリギリまでウインカーを出さない上赤になってから車が右折する岡山県で、大阪並の機敏な発車をすると…そりゃまあ、危険でしょうね。


 


知らず知らず、自分も外から見れば危険なことをしているのかもしれないと言うお話。

物語の終わりに

なんだか迷惑してるみたいだけど、東国原知事って確か風俗店に通ったことで警察沙汰になったことがあったような。
─天の声


 


MMORPG(要するにネトゲ)をプレイしているにも関わらず、延々ソロで冒険し続けているckckです。
現実でも引き篭もっているのに、仮想現実でも引き篭もっているとはこれいかに。


コレは私だけかもしれませんが、RPGのストーリーが終焉を迎えるのって、なんだかむなしい気持ちになりませんか?クリアしてしまったら、先を想像する余地がなくなってしまうと言うかなんと言うか。
出来ることならラスボス直前のセーブポイントで冒険を終わらせてしまいたいんですよね。
Nepheshelなんか、

ラスボス直前のセーブポイントまで到達→クリアしたくないのでまた最初から

三度は繰り返しましたし。
(レビューする作品はきちんとクリアしますが)


私がネトゲのRPGを心地よく感じてしまうのは、物語に終わりが訪れないからなのかもしれません。
他のプレイヤーとの交流を極力持たなければ、家庭用RPGとの違いは求められるプレイ時間くらいのものですし。


終わりがあるからこそ、物語があるってことは分かってます。
ただ、物語が終わると、それに付随していた世界までが終わってしまうような気がして…。

2003にも名作は多いんだけどなあ

一般人の視点から見ても殺人事件なのに、どうして半年以上も野放しだったんだろう。
─天の声


 


ヴァ九段様から、ツクールVX体験版公開の情報を頂いたckckです。
せっかくなので、便乗してみましょう。


もっとも、買うつもりは微塵もないんですけどね。ツクール2000で一本作った時点で真っ白な灰になった人間ですし。
それでも、体験版なら無料です。ブログのネタとしても、ここは一つDLしてみるかと公式サイトへ飛んだところ、


 


2003ハブられる
 


2000とXPの間にあるべきツクール2003が見事にハブられていました
ツクール2000廉価版の売り文句の一つに『ツクール2003へデータの引継ぎが可能』ってのがあったはずなんですが、E社としては黒歴史化したいのでしょうか


ファイルをDLする合間に、一旦ツクールVXPVを拝見。
(多分)関さんの熱いナレーションでVXの説明から、気になった部分を抜粋。

「戦闘シーンは従来どおりのフロントビュー。…従来どおりなのはツクれば分かる。これが一番扱いやすい形なんだ、そうに違いない…

いや、だから。デフォ戦がサイドビューだった2003の立場は?
まさか、制作サイドからも扱いにくいと判断されていたのかな。


 


気を取り直して体験版をインストールし、実際に動かしてみることに。
パッと触った感じでは、レイヤーの重ね方やイベントの作成法などの基本的な操作性はツクール2000に近く、イベントの簡単作成などの機能も搭載され、適当にツクるだけなら私クラスでもなんとか扱えそうな印象が。
加えて、XPで好評だったスクリプト言語の改良版(だと思う)が採用されており、徹底的に作り込みたい上級者でも満足出来る(であろう)仕様となっているようです。


ツクールVXでは2000XPの良いとこ取りが出来ているんじゃないでしょうか。ツクラーとしては三流以下なので、断定はしかねますが

2003については…。もう触れないことにします。

ブログはまだ書けるんだけどなあ

暴力団関係者が入院する場合は、無理矢理にでも個室に入ってもらうしか。
─天の声


 


小説を書いて新人賞に応募するなどと大口を叩いておきながら、ここ二週間全く進んでいないckckです。
1/3時点で親に見せたのが間違いだったかなあ。


大変情けない話なのですが、表現方法などで注意を受けたせいか、文章の書き方が分からなくなってきてるんですよね。


それまでは迷いながらも走ってくれていた筆が事あるごとに止まってしまい、何とか書けた部分も粗だらけに見えるようになっています。(事実粗だらけなのですが、再々気にしていたら進めませんし)
書いては消し、書いては消しを繰り返していくうちに、さらに自信を喪失し、余計に書けなくなっていくという悪循環。
今現在は、ファイルを開くことすら出来なくなっています。


 


色々と偉そうなことをのたまっておきながら、この体たらく。情けないことこの上ありません。
ホントこれ以上、躓いてられないんだけどなあ。

評価部分については触れません

 賞味期限の改ざんなんて、やってない飲食業の方が少ないように思えてきた。
─天の声


 


魔王物語物語のイチオシを読んで、またもや頭を抱えているckckです。
えーと、コレの「最後に」は、どこを縦読み?


ここは素直に釣られることにして、今日は或野様に苦言を呈してみたいと思います。



まず一つ目
採点システムへの異論云々を、レビュー上に載せるところから不適切です
作品への評価や考察を行うレビューにおいて、根底にある採点基準についてとやかく言うのは場違いも良い所でしょう。
現状を是正したいのであれば、ES様や上橋様に直接メールするか、激辛BBSを活用してしかるべきかと。


二つ目
文中において当ブログで意見を却下されたことを引き合いに出されていますが、そもそも私には何の権限もありません
一応、ブログのコメント欄がイチオシ二次会会場の役目を果たしたり、次のイチオシ作品についてES様に提案することもありますが、私は一レビュワーなので運営については一切ノータッチ。
勿論、当方が老害である(三期メンバーですが)との意見であるのなら、謹んでお受けいたしましょう。
ただ、読者の方に誤解を与えるには十分の表現であると自覚していただきたいものです。


三つ目
或野様がご高説をのたまっているのは、『過去の人』と揶揄される上橋様が心血を注いで築かれた城の上であることに気付いてください。他人の家に泊めてもらいながら、「住み心地が悪い、どんな家でも今よりはマシ」と叫びつつ放火しているようなものです。
持論を曲げないのであれば、自身でレビューサイトを立ち上げ、そちらで批評活動を行った方が賢明かと愚考します。
もとより、嫌々書かれたレビューなんて、誰も望んではいませんし。


 


かく言う私は、小指の甘皮ほども偉くありません。
が、他人のふんどしで相撲をとっている以上、分相応というものがあるかなと。

個人的にはWiiより箱○なんですが

さすが富樫先生!
おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる! あこがれるゥ!
─天の声


 


ブログのサイドバーにXbox360(以下箱○)のゲーマーカードを追加しようかと考えたものの、諸事情により取りやめたckckです。
まあ、これ以上プラグインを追加することもないでしょうし。 



 さてさて
ご存知の方も多いかと思いますが、箱○のプレイヤーデータは、こんな具合(↑)でブログやサイトに貼り付けることが可能となっております。
リンク先ではフレンド登録の申し込みが出来たり、その人が今までプレイしたゲームが分かったりと、ネット上で交流を深めるのに役立つ便利アイテムとなっています。


ただ、これを実際にブログパーツとして使用している方となると、あまりいらっしゃらないんですよね。
通常のブログは言うに及ばず、箱○の話題を中心に扱っているブログでさえ、全ての方がこのカードを用いているわけではありません。


コレは恐らく、ゲーマーカードをそのままサイドバーに貼り付けようとしたところで不具合が生じてしまうという、MS的仕様が原因でしょう。
公式HPには「どこであってもゲーマーカードを表示するのは簡単です!」と書いてあり、事実表示させるだけならHTMLを貼り付けるだけで良いのですが、説明通りに用いた場合、


 


微妙にはみ出る


かくのごとく、微妙にはみ出すこととなってしまいます。
右端を削るなりスクロールを許可するなりすれば入らないこともないのですが、それだと余計に見栄えが悪くなると言う罠。
一応、修正する方法はあるらしいのですが…これにもそれなりの技術が必要とのこと。


箱○が玄人向けなのは、ソフトラインナップだけにして欲しいなあ…。

毒電波受信後

世界規模で見れば、死刑を実施している国は減少傾向にあるとかなんとか。
でも、逮捕前に銃殺される犯罪者の数を考えれば、日本の死刑の上を行くんじゃないかな。
─天の声


 


昨日書いたエロゲに関する記事が、意外なことに友人から好評だったckckです。
真剣にあれこれ考えて書くよりも、毒電波を垂れ流したほうがウケが良いって複雑だなあ。


まあ、分からないでもないんですが。


何かについて真剣に考察し、真面目に文章として起こしたものに「面白味」を加えるには、相当な(恐らく作家クラスの)技量が必要となります。
例を挙げるなら、子供の読書感想文や大学生の卒業論文でしょうか。これらは毎年星の数ほど書かれているものですが、読み手を感嘆させるほどの作品となると、全体で一握りでしょう。


逆に、突飛な内容をネジの外れた文章で表現してみると、さしたる実力が無くてもそこそこ読めるモノに仕上がるのです。
世間の真逆を行くテーマにネタを織り交ぜつつ文章化すれば、中身が多少足りなかったとしても、読み手に「新鮮さ」ないし「笑い」を与えることができますからね。


 


私のような素人が、少ない文章量で満足して頂くには、後者のようにインパクトのある書き方が好ましいものと推察されます。


実際、真面目に書いた今日の私のブログ、ちっとも「面白く」ないでしょう?

たまにはエロゲ考察

ネットを「現在の放送と同じように政治的中立」が保たれるような規制が検討されているんだとか。
今のマスコミが中立だとは、到底思えないのは私だけかな。
─天の声


 


家族の前でエロゲをプレイした経験のあるckckです。
人間としての色々と終わってますね。


今日は入りに絡めて、エロゲについて語ってみましょう。



エロゲ(純愛系)において最も重要なポイントは、ヒロインが主人公の内面に惚れる過程をきちんと描写をすることだと考えています。
多かれ少なかれ、プレイヤーは主人公に自己を投影しますからね。
顔が醜悪だったために現実世界では愛を得られなかった私のような人間でも、仮想現実ならば人並み以上の恋愛を謳歌することができます。


ここで例。昔、私がアトリ○かぐやのとあるゲームを体験版でDLしたときのお話を。


ゲーム開始早々、主人公が電車に乗っていると、ふとしたことからヒロインの一人に痴漢と誤解されてしまいます。
その後、連れ出された駅でヒロインが吐いた台詞、


「君は、そ、その……とってもかっこいいんだからさ。こんなことしなくても十分いけると思うし……」
「も、もし、正直に言ってくれたら……お、お姉さん別に……君だったら……」


私はその瞬間プログラムを終了し、フォルダをゴミ箱へ突っ込んでそのまま空にしました。



上っ面だけで股を開く女なんざ、現実で十分なんだよ!
仮想現実に『顔がいいから愛される』なんて設定持ってくるな!


すみません。台詞をきちんと調べるためにDLしなおしたら、取り乱してしまいました。



真面目な話、ブ男が外面の良い男に自己を投影したところで、何の愛も得られないんですよ。それどころか、『醜いが故に愛されない』というフォースの暗黒面が広がるだけです。


価値があるのは、主人公がヒロインと心を通わせた結果、ないしプレイヤーとしての努力が結実して得られた愛だと私は考えます。
『顔が良い』という生まれ持った才能で手に入れたところで、それは与えられるだけのものに過ぎませんし。

和洋ホラー

タイトルは純金”ペガサス聖衣ってなってるけど、騙されないように。
「純金」メッキですから。
─天の声

 

ゾンビが群れて襲ってくるタイプのゲームはちっとも怖くないくせに、かまいたちの夜のようなサウンドノベルが本気で苦手なckckです。
洋風ホラーと和風ホラーって、もう根本的に別物ですよね。

真面目な話、洋のホラーは、基本的に「」で恐ろしさを与えてきます。
マスクにチェーンソーを持った男が襲い掛かってきたり、突然町中の鳥が市民を襲いだしたり、ブリッジのような格好で人が階段を駆け下りてきたり。
常識外のアクションに、人ではないキャラクター達。このような非日常を展開することで、視聴者を恐怖させようとしているわけです。

一方和のホラーはとなりますと、「静」との対比が中心となっています。
戸を開けたら真っ暗な部屋で子供が呪いのビデオを見ていたり、遺失物として届けたはずのバッグがまた元の場所に戻っていたり、萌キャラだと思っていた少女がいきなりナタをもって現れたり。
これらは、大層な動きも無ければ人外キャラクターも登場しないシーンですが、視聴者の虚を突き心理の裏をかくことで恐怖させる、見事な演出となっています。

どちらが優れているということではなく、手法が違うと言う話。

 

勿論、この二つを上手く利用して作られた作品もあります。バイオハザード(特に初代)なんかが、その典型例でしょう。
「多数のゾンビが襲ってくる」という点は洋のホラーですが、「廊下の曲がり角から前触れ無く出現する」あたりは和のホラーを盛り込むことに成功しています。

感覚に頼ると色々と苦労する

アメリカ産牛肉を食べて狂牛病になるよりも、餅を喉に詰まらせて死ぬ可能性の方が遥かに高い。
─天の声

 

ブログのネタが足りなくて悲鳴を上げているckckです。
「なら書かなきゃ良いじゃない」という突っ込みは無しの方向で。

ネタの在庫を極力切らさない方法として、『何か思いついたら即座にメモをとる』という手段があります。
それらが有用なアイデアばかりとは限りませんが、書けば書くだけ引き出しが増えますし、別の発想の取っ掛かりとしても用いることができます。

しかし私は、ブログに関してのみメモをとらないことに決めています
ブログを始めた当初、ドリコムでポチポチと書いていた時分にはペンとメモを携帯していたのですが、ほどなくして捨ててしまいました。
何か書きとめたところで、結局使わなかったんですよね。

この理由は非常に感覚的な事柄になりますが、古い記憶を用いて日記を更新するということに、どうしても抵抗があるんです
その日その日の自分を記していく場として設けたはずなのに、それを維持するためだけに過去に思いついたネタを使っていくようでは、そもそもの意味を失ってしまうような気がしてしまうので…。

 

そんな心底どうでも良い信念のせいで、毎日一時間や二時間、PCの前で頭を抱えることとなっています。
現実に筆がスラスラと進むことことなんて、自販機からギザ十が出てくるより低確率というのが実情。

まあ、四苦八苦しながらも毎日更新が続けられているのは、そんな役にも立たない感覚をことさら重視しているおかげなんですが。