Latest Entries
恋愛不要論
重要なのはプレミア云々ではなく、ゲームとして面白いか否かだと思うんだけど。
─天の声
久しぶりに会った友人から、オ○ホールの使用を勧められたckckです。
曰く、「現実の女とやるよりも遥かに気持ち良い」とのこと。
元彼女持ちが言うからには、マジなんでしょう。使ったことないので分からんのですが。
しかし、それが本当のことだとすると、恋愛する理由というものが無くなってしまう気が。
ただでさえ現実の女性より恋愛ADVやエロゲの方が付き合ってて楽しいのに、実際の行為すらも妄想の方が心地よいのであれば、三次元の恋愛は燃えないゴミに成り下がります。
少なくとも私の人生において、Fate/stay nightより胸躍る恋愛体験は、未来永劫存在しないと見込まれますし。
一応、二次元世界にも「子供が生めない」「食事を作ってくれない(作ってくれてもお腹が膨れない)」などの欠点はありますが、これらが恋愛を推し進める理由にはならないと考えます。
現実に伴侶が欲しければ見合い結婚という手段がありますし、子供を育ててみたければ育成SLGでいくらかの代用が利きますからね。(無論、ゲーム感覚で子育てをして構わないという意味ではありません)
恋愛したい人は恋愛すれば良いでしょう。趣味の領域ですし、誰かが止めることではありません。ただ、「恋愛をしなければ人生ではない」みたいな現在の風潮は、いささか間違っているんじゃないかと。
そもそも、現実より楽しい非現実があるのなら、そっちで構わないじゃないですか。スポーツカーを所有してサーキットへ走りに行くより、家でグランツーリスモをプレイする方が圧倒的に安全で安上がりです。
恋愛も、それと似たようなものだと思うのですが。
使い道は…あるのかなあ
電池の爆発で肋骨が折れ、肺と心臓が損傷して死亡だとか。
韓国の携帯電話は新しい兵器か。
─天の声
少し早いかもしれませんが、12月のイチオシ脱稿したckckです。次回こそは上から二番目を奪還早めに送った方がES様の負担も少ないでしょうし。
レビューがあがったついでに、今日の更新はフリーゲーム関連で一つ。
題して、一般人とフリーゲーマーの見分け方。
質問に対する回答で、その人の立ち位置を判断しようという、ありふれた試みのフリゲ版です。
1.インターネットで無料のゲームをやってみない?
ハンゲームとか?→一般人
エミュ?→P2Pユーザー
フリーゲーム?→フリーゲーマー
2.愛と勇気といったら?
アンパンマンの友達だろ→一般人
言葉、感じられれば力→アニオタ
かしわもちだろ→フリーゲーマー
3.「エブリエクステンド」って聞いたことある?
無いなあ→一般人
PSPで出てたよね→ゲーマー
Xboxliveで配信されてるやつ?→コアゲーマー
馬鹿にしてるの?→フリーゲーマー
4.「魔壊屋姉妹」ってゲームがあるんだけど…
なにそれ?→一般人
名作だよね→フリーゲーマー
ちょっと待て。最後に「。」をつけろ→大ファン
5.犬と猫ってあるじゃない。
犬の方がかわいいね→犬派
やっぱ猫だろ→猫派
ゲーム制作サークルだね→末期
なお、実用性のほどについては保証できません。
フィギュアを宗教的側面から考えてみる
ニコニコ動画のアフィリエイトニコニコ市場にて。
予約数が一日で+1893人って…買いすぎだろ…。
─天の声
一般的な尺度で見れば確実にオタクに分類される人間であるにも関わらず、実際はフィギュアの類を一切所有していないckckです。
そもそも、オタク=フィギュアというあたりから、短絡的な発想なのですが。
少し話が飛躍しますが、オタクという生き方にはある種の宗教的要素があると私は思っています。
経典(アニメや漫画)を読んで感化され、宗教画(ポスターなり同人誌)を集め、像(フィギュアやプラモ)を崇める。精神的癒しを求めると言う点でも、両者には共通点があるんじゃないでしょうか。
例に挙げたのは漫画やアニメのオタクですが、他のオタクもコレに近いものがあるかと。鉄オタだって電車の写真を撮ったりNゲージを愛でたりしてますし。
そう考えると、アニメやゲームに没頭しながらも、それらのグッズを購入しないオタクというのは、一体何なのでしょうか。
まず考えられるのは、純粋にオタクとしてのレベルが低い、宗教的に言えば信仰心が低い場合です。
クリスマスを祝って除夜の鐘を聞き、初詣にも参るのが平均的な日本人ですが、多くの人はこれらを単なる年中行事としか見ていません。もちろん、多少の信仰心はあるかと思いますが、多くの方は自分の部屋に神像をまつるほどではないでしょう。
それらに傾倒していなければ、宗教画も像も不要ですからね。普通にアニメを見ているだけの人間なら、その手のアイテムを集めることは無いはずです。
もう一つ思いつくとすれば、グッズそのものを購入したがらない、つまり偶像崇拝を嫌っている場合です。
宗教によっては、偶像崇拝を禁止している教えがあります。その理由は「像を崇拝するのは、神ではなく人間や自然の作った物を崇めているに過ぎないから」、とのこと。要するに、信仰とは己の内側に存在するもの、ということでしょう。
コレをオタクに無理やり当てはめると、「フィギュアを愛でるのは、そのキャラクターの本質を愛しているのではなく、造形師が作り上げた外面にほれ込んでいるだけだ」という解釈になります。
確固たる聖典と信仰が己の中にあれば、画や像は不要になるのでしょう。
私は間違いなく、前者のレベルの低いオタクです。アニメのDVDを買い集めることも無ければ、ゲームの購入も基本的に中古ですし。
ただ、世の中には、その作品を愛しすぎるが故にグッズに手を出せない、ある種倒錯したオタクもいらっしゃるのではないかなあと。
とか言いつつ、天の声でブラックな事を書いたり、欝な日記で更新したりしてるのですが
ブルーレイ対HD-DVDとか言ってるけど、一体国民の何割がそんな記録媒体を愛用してるんだろう。
─天の声
最近急に増えた、トラックバックやコメントのスパムに頭を痛めているckckです。
暫定的な措置として、英数字のみのトラックバック及びコメントを制限することにしました。
実のところ、どんなにスパムが入ろうが、私はさして気にしません。
こんなネットの僻地でひっそりとやっているブログからのリンクに大した効果があるとは思えませんし、そんなことに一々神経を削っていては肝心の更新に差し支えます。
迷惑メールなんて、日に400件以上届きますからねえ。
ただ、スパムによって有益なリンクが潰れてしまったり、せっかく皆様が寄せてくださったコメントが流れてしまうといった愚は、管理者として避けなければなりません。
ブログが「読んで頂く」というスタンスを取る以上、読み手が不快に感じる可能性がある部分は、出来る限り取り除くべきでしょう。少なくとも私は、コメントやトラックバック欄がスパムだらけのブログを見て好感は抱きませんしね。
読者の皆様あっての「多分毎日更新する日記」です。
多くの方にとって心地よい場所となるよう、これからも尽力していきます。
追記
激辛仲間のヴァ九段様がブログを開設されたようなので、リンクを増設してみました。
感染元
ネットのチケット詐欺についての記事をよく読んだら、警視庁がさらっと転売を推奨していることに気がついた。
─天の声
私には、超がつくほどゲームをやり込む伯父が居ます。
と言うか、私の影響でそうなってしまったのですが…。
これは我が家にPSがやってきた頃の話。
当時の伯父は無趣味を地で行く人間だったので、私は自分がやり終えたDQ6とSFCをセットでプレゼントしました。
ゲームは子供の遊びかもしれませんが、何も遊びが無いよりはマシだと思ったのでしょう。
その二日後、伯父から一本の電話がかかってきました。曰く、「魔術師の塔をクリアしたんだけど、次はどこに行けばいいんだろう?」とのこと。
ちなみに、魔術師の塔までたどり着いてクリアするには、普通にプレイする限り二週間はかかります。
後で聞いた話では、徹夜でプレイし続けたと言っていたのですが…社会人のプレイ速度でなかったことは確かです。
さらに数ヵ月後。伯父の家に遊びに行くと、相変わらずDQ6をプレイし続けている形跡が。
許可を得て冒険の書を開いてみたら、
パーティーの平均レベルが88になってました。
普通は40チョイでラスボスが50に至らなくとも裏ボスの倒せるゲームなのですが、伯父は何かに目覚めたのでしょう。伯母は、「ゲームをやめさせるのが大変だ」と愚痴っていましたが。
私がPS2を購入したときは、要らなくなったPS1と、遊ぶためのソフトとしてサガフロの1と2を攻略本付きで進呈しています。
どのくらいプレイしたのか、怖くて未だに聞けていません。
物語は、ついに結末を見た
芸能人同士が結婚すると、大抵「破局するまで何年かな」って話題になるよね。
─天の声
ようやく「まもも」のラスボスを倒せたckckです。
フリーRPGの中でも、間違いなく最強クラスの存在でした。
証拠もかねて、戦績を公開。
一部削ったり改変したりしてますが、ネタバレ防止のためということで一つ。
■戦績
プレイ時間:15:04:37
セーブ回数:249
歩数:107460
戦闘回数:997
最大ダメージ:464
最大被ダメージ:314
アイテム:79種210個
ラスボス撃破ターン:94(最高記録94)
■ヒマリ(37)
体力:184
気力:84
攻撃:217
防御:152
範囲:64
必殺:29
技術:58
捷:55
・スペックシンダー(3)
・妄想の繭(3)
・アンナおばさんの毒饅頭(1)
・ザーラマント(3)
・ダブロン金貨(3)
■ルドルフ(37)
体力:196
気力:74
攻撃:294
防御:202
範囲:48
必殺:1
技術:101
敏捷:35
・ユキヤナギ(2)
・アイギス(3)
・夢想の羽(2)
・奇妙な鱗(3)
・デニアル(3)
■???(33)
体力:192
気力:142
攻撃:239
防御:137
範囲:24
必殺:12
技術:107
敏捷:57
・闇を切り裂く聖剣(3)
・雄大壮麗レヴィヤタン(3)
・奇妙な鱗(3)
・レジスタンス(3)
・汚れた羽(3)
攻撃力の高いルドルフをアタッカーにすえ、ヒマリと???は回復を担当。
全員によろめき耐性をつけ、防御を駆使して回復アイテムを温存する作戦をとったものの、最終的にはアイテムが尽きてしまい、売却アイテムの微量な回復に頼らざるを得ないほどの苦戦を強いられました。
というか、「ずっと俺のターン」戦法は反則だと思います。勝てたのも半分奇跡みたいなもんですし。
イチオシまでもう少し時間がありますので、次は地の底で絶望と戦ってきます。
「ずっと俺のターン」でロックされたときはちょっと引いたけど
ドームを改修しても、松坂のポスティング資金が出所なら、まだ47億も余るんだよね…。
─天の声
まもものラスボスに四苦八苦しているckckです。
現在10連敗中なのですが、最終形態まで回復アイテムが温存できれば、一応の勝機も…。
さて。
ゲームのシステムにもよりますが、RPGのボスは理不尽なまでに強い方が良いと私は思っています。
最近主流の直前でセーブが可能なタイプなら、初見ではまず勝てないくらいに設定したって構わないでしょう。
なにせ、死んだところでペナルティーが無い上、ボスの情報というアドバンテージを得て再挑戦できるのですから。
と言うか、何の対策もなしに勝ててしまうようでは、ボスとしての存在感が出ないんですよね。
もし、行き当たりばったりの補助魔法や、特殊攻撃の連打などで沈んでしまうようであれば、能力の高い雑魚と変わりません。
せっかくボス戦用のBGMや専用技なんかが用意されているのです。記憶に残る戦いにするためにも、徹底的にプレイヤーを苦しめてしかるべきでしょう。
ゲームにおけるボスとは、キャラクター達が乗り越えなければならない壁だと思っています。肉体的にも、精神的にも。
それがあっさりと破られてしまうようでは、物語が少しばかり薄っぺらく見えてしまうんですよね。
システム上の問題ってのは禁句
2.8兆円が焼け石に水の財務状態ってなんだろう。
─天の声
クリスマスも、年末年始も、ゲームに打ち込んでいるであろうckckです。
魔法使いになれるまで、あと9年。
ゲームつながりで今日もお話を一つ。
RPGでは、終盤に登場する町になればなるほど、宿屋で一泊するのに必要な費用が上がっていきます。最初は8Gとかだったのに、最後の町では320Gなんて額になっていることも少なくありません。
これはまあ、当然のことなのかもしれません。
序盤の町と比較して、周辺に出現するモンスターが落とすお金に雲泥の差があるのです。旅人の懐事情を加味して、店側も宿泊費用を吊り上げているのでしょう。
もし私が宿屋を経営する側なら、確実にそうします。
ただ、そう考えると新たな疑問が湧いてきます。
どうして、アイテムの価格は世界共通なのでしょうか。
周辺の魔物にあわせた宿屋と同じように、道具屋だって値上げしてしまって構わないはずです。主人公達はどうせ金持ちなんですし。
と言うか、宿屋と同じ水準で値上げしないと、宿屋の主人(女将)だけが金持ちになってしまい、町の経済バランスが崩れてしまうはずなんですが…。
現実だって、富士山の自販機はボッタクリ価格に設定されています。
秘境に店を構えるなら、それなりの価格設定でも良いのではないでしょうか。
Eの系譜
キャラゲーに頼らないとやっていけないほど、格ゲーは衰退してるんだなあ。
─天の声
Xbox360に800ゲイツポイント(1200円)を支払って、E4を購入したckckです。
箱○を所持していながら、どうして今まで買っていなかったのか…。
一応解説しておきますと、E4は「エブリ エクステンド エクストラ エクストリーム」の略で、PSPで発売された「エブリ エクステンド エクストラ」(以下E3)の続編。つまり、フリーゲームとして爆発的人気を博した「エブリ エクステンド」(以下E2)の系譜を引くゲームなのです。
すでにフリーゲームではなくなってしまっているのすが…。これは仕方の無いことでしょう。
スクリーンショットを見る限りでは、E2の原型をとどめていないようにも見えるものの、プレイするとやはりEの名を冠することに納得の水準。
・「移動」と「自爆」というシンプルな操作
・爆風に巻き込んでチェインを繋げる
・クイッキンやタイムエクステンドといったアイテム
これら、基本的なシステムはそのままに、
・グラフィックはより抽象的に
・1000チェインが容易く出る爽快感
・音楽に合わせて自爆することで破壊力アップ
・復活時のバリアのおかげでアイテムの回収が容易に
など、ゲームの完成度を一層高める改良が加えられています。1200円でも、十分納得できる面白さ。
少なくとも、アイマスのコスチュームでスク水に1800円貢ぐよりはましでしょう。
コンシューマーで開発され、しかもそれがシリーズものになるようなフリーゲームって、後にも先にもE2くらいのものではないでしょうか。
もっとも、箱○の公式サイトには、「E3の最新作」と書かれているだけで、E2については一言も触れられていないんですけどね!
語れないこと
「原油価格高騰で経済に影響が」云々ってニュースでは言ってるけど、ほとんどの企業は増収増益なんだよね。
─天の声
魔王物語物語にドハマリしているckckです。
てつ様はやはり天才だったと痛感。
しかし、良作を次々と生み出す方の創作活動の原動力って、一体何なんでしょう。
様々な方に聞いてみたい気はするのですが、核心までは語ってくれないような気がしてなりません。
私自身、何故ブログを毎日書いているのだろうかと、深く深く考えたことがあります。
結果として核心部分に到達することは出来たのですが、それをブログに書くことが出来ないんですよね。
何と言いましょうか、それを語ってしまったら、それ以上ブログが書けなくなってしまう様な気がして…。卵を産む鶏の腹を裂いてしまうのに等しい愚行なのではないかと。
表層的なことなら一応かけるんですが。
源泉には、手をつけないのが一番なのかもしれません。
下手に掘り返して、何もでなくなったら事ですしね。
岡山は回転寿司チェーンが異常に多い
そろそろボジョレー・ヌーボーの日本語表記を統一したほうが良いんじゃなかろうか。
─天の声
回らない寿司屋の存在は都市伝説だと思っているckckです。
少なくとも、私は見たことがありません。
「見たことがない=実在しない」というほど極端に考えているわけではありませんが、この目で実際に確かめていない以上、その存在には疑問符がついてしまいます。
話には聞くものの、私が未だ確認できていないものをいくつか挙げてみますと、
・トイレの花子さん
・ツチノコ
・サンタ
・UFO
・徳川埋蔵金
・ドラえもん・サザエさんの最終回
・麻生氏がローゼンメイデンを読んでいる現場
などなど。
どれも実際に見たことはありませんが、存在の否定はできません。
私の中では、回らない寿司屋もこれらと同列に位置づけられています。
仮に実在したところで、生涯にわたって接点があるとは思えませんし。
幸せの非モテ
近所に金塊が落ちていないか、ちょっと探してきます。
─天の声
生まれてこのかた、モテた記憶というものが存在しないckckです。
すでに「鬱病・引き篭もり・ニート・オタク・キモメン」と負の要素五冠王を達成しているため、将来的にも希望的観測は一切ありません。
しかし、その手の経験が無いので本当に分からないのですが、彼女なり何なりが居た方が、人生って楽しいものなのでしょうか。
むしろ、彼女持ちの方々から聞く話は「一々送られてくるメールがウザイ」「金がかかって仕方がない」「機嫌をとるのが面倒」といった具合に、ネガティブな意見の方が圧倒的多数。
そんなに疲れるのなら、何で彼女なんて持ちたがるんでしょうね。
私の頭の中では、大半が「独り身が恥ずかしい」とか「ヤレるから」といった、見栄と打算から異性と付き合っているのだという大変勝手な推測をしているのですが…。実際のところどうなんでしょう。
「恋愛」というモノが、上記のように己の外面を取り繕うために他人との関係を継続することならば、私は家でゲームとネットに没頭する方を選びます。
仕事ならともかく、趣味は嫌々やるものではないでしょうから。
映画や小説に登場する恋愛はどれも情熱と感動で溢れかえっていますが、アレはフィクションです。
冬ソナなりセカチューのような恋愛が現実にあると考えるのは、少林拳を極めればサッカーで世界制覇が出来ると本気で思うくらい荒唐無稽な思考でしょうし。
読まれなければ意味が無い
エースコンバット6で、アイマスペイントの機体がDLCとして発売されるのは目に見えていた。
けど、他のペイントと比べて値段二倍+鬼性能(ミサイル弾数が身長とスリーサイズ)はないだろう。
─天の声
1/3〜1/4ほど書きあがった小説を、ものは試しと母に見せたところ、ひたすら「言い回しがくどい」との評価を受けてしまったckckです。
なんだか疲れたので、明日は一日筆を休めることにしました(エターナルフラグ)。ブログは書きますが。
少々落ち込んではいますが、文章を書く上でそれを誰かに読んでもらうという手順を踏むことは、非常に重要なファクターだと思っています。
筆者一人では、決して客観的な評価を下せませんからね。
筆者の頭の中には、作品の構想や場面の情景といった、文章化されていない情報まで格納されています。
その為、どの部分が後々伏線になるか、会話のやり取りの間にキャラクターが何を考えているか、主人公がどんな場所に立っているか。ページを開くだけで浮かんでくれるのですが…、誰かに読んでもらう場合、それは単なる害悪と化します。
なぜなら読み手は、書かれている以上の情報を得られないからです。作者がどのような意図を持ってその表現を選んだかなんて、知る由もありません。
どれだけ詩的な表現を盛り込んだところで、それが書いた本人にしか理解できないものであったなら、テンポを悪くする水増し表現としか映らないものです。
「理解されないのは読む側に読解力が足りないからだ」なんて言葉で片付けてしまえば簡単かもしれませんが、それは物書きとしての敗北宣言に他なりません。
何かを伝えるための手段として文章が存在しているはずなのに、それを放棄してしまっては元も子もないでしょう。
ちなみに、私の激辛イチオシレビューは、ES様に送りつける前の段階で、一度友人に見てもらっています。
「自分が思い描いたこと」と「文章から他人が受ける印象」、この二つにどれだけの差異があるか、私一人じゃ分かりませんからね。
ドラクエのキメラは、魚肉のような味がするらしい
パソコン廃熱はあったかいなあ。
─天の声
ロッテのブラックブラックガムが主食になりつつあるckckです。
味・噛み応えともに申し分ないのに、口内炎との相性が最悪なのが玉に瑕(きず)。
食べ物(?)と言えば、ゲームのキャラクター達って、何を食べて生きているんでしょうね。特に長編RPG。
武器と防具しか所持していないにも関わらず、無補給で世界を何週でも出来るなんて、生物として色々と間違っています。
ここで勝手な想像をめぐらせてみると、狩りをしながら自給自足で行軍しているのではないかと思われます。
倒したモンスターの死肉を食べて腹を満たし、その血をすすって渇きを癒せば、町に寄らずとも冒険を続けることが可能だと推測されます。事実、ドラクエの「鳥山明イラストレーションズ」という設定資料集を開けば、「地方により周辺に棲むモンスターが異なり、郷土料理として各家庭で親しまれている」という一説や、「水分を補給するために他の生物がスライムを捕食することが観察によって実証されている」という説明がありますし。
よほど出現モンスターの偏った地方やダンジョンに篭らない限り、意外と食料は豊富にあるのかもしれません。
しかし、それが可能なのはあくまで陸上限定。ゆったりと空に浮かぶ気球や、海上をひた走る船の上ではそうも行かないはずです。
空では、モンスターが出現しないRPGが大半です。飛空艇といった積載量の多そうな乗り物ならまだしも、ドラクエ4のように気球で世界を回ろうなど、自殺行為としか思えません。
何かしら可能性を考えるなら、高空を飛ぶ鳥を糸を付けた矢などで捕食し、浮かぶ雲を程度の低い冷却系の魔法で凝固させれば、最低限の食料と水が確保できる…かな?
さらに海になると、問題は一層深刻になります。モンスターは出現してくれますが、今度は水がありません。
雨を必死に集めたとしても、飲料水として十分な量を溜めることは出来ないでしょう(特に砂漠の近辺)。スライム系のモンスターが出現したところで、奴らは周囲の水分が集まって発生した生物のため、中身は海水です。飲めば死ねます。
一応、海水を火炎系魔法で蒸留すれば、安定して水を得られるかもしれませんが、奴らの船は大半が木製です。船そのものに引火した場合、冒険どころの騒ぎではありません。狙いが船の上にある分、モンスターめがけてベギラゴンやファイガを打つのとは訳が違います。
…万一に備え、奴らは消火砂を大量に積んでいるのでしょうか。
そんな食料問題をリアルに取り上げたゲームも存在します。その名は、「元祖西遊記スーパーモンキー大冒険」
大昔にプレイしたことが一応あるのですが、食料システムがひたすら邪魔なだけだった記憶しか…。
結論
ゲーム中の食料問題は、現実に沿わせて考えるべきではない
ニートも辛いよ
政治家が「記憶にない」とか「覚えが無い」って言うのは、九割方「やったことはやったけど、本当のことは話せない」って意味だよ。
「覚えてない」って言葉を、嘘だって立証するのはほぼ不可能だからね。
─天の声
元クラスメイトが山で暴走族にボコられ一ヶ月の病院送りになったと聞き、引き篭もりが一番安全だと再確認したckckです。
果てしなくダメ人間ですな。
とは言え、年がら年中四六時中、家に篭っている訳にもいきません。放っておいても用事は溜まりますし、適度な運動をしなければ肉体的にも精神的にも一層病んでしまうだけです。
何はなくとも、一日一度は外出することにしているのですが…
明るいうちに外出することに良い顔をしない母親とか。
私のことを末期の病人だと勘違いしている近所のおじいちゃんとか。
いい年した男がどうしてこんな時間に、みたいな視線を向けてくる本屋とか。
いい加減顔なじみになりつつある、平日昼間のゲーム屋の店員とか。
行く度に「学校はどう?就職は決まった?」みたいなことを聞いてくる美容院とか。
私がスズキの販売店に就職希望だったことを知っている車屋(スズキ)とか。
外に出るだけのはずなのに、何故だか様々なことに神経を削らなければならないという罠。
もう、なるべく人目につかないよう、時間と場所に気を遣って、適度に散歩するくらいしか…。
コレは私の経験則ですが、外出するだけで劣等感を感じるようになったら、それはすでに引き篭もりのレッドゾーンに突入しています。
そのような些事に気を遣わなくても済むよう、せめて私以外の方には健全に生きてほしいところ。
オーバーヒート中
毎年11/14日は国連が定めた「世界糖尿病予防デー」で、岡山城や東京タワーなど世界80箇所以上で、ブルーのライトアップが行われたんだとか。
…青と糖尿病に、何の関係が。
─天の声
一人の人間が一日で書くことの出来る文章量には、限界があるのではないかと考え始めたckckです。
昨日、(色々と合計した結果)原稿用紙換算で20枚分ほど書いてしまったところ、危うく魂が抜けてしまいそうになりました。
コレは時間や体力的な壁によるものではなく、どれだけ頑張っても凡人の脳では一定量のアイデアしかくみ上げることのできない、能力的な限界のように思います。
現実に存在するもので例えると、油田あたりが一番近いかと。
地下に何百万バレル(私の脳ではありませんが)の石油が眠っていようと、くみ上げる「ポンプ」の性能には限界があり、自然と一日の採掘量も限られます。過剰な負荷をかけて長時間運転すれば規格外の数字を叩き出せるかもしれませんが、不具合が発生するか最悪オーバーヒートするかのどちらかでしょう。
この問題を解決しようとすれば、ポンプの数そのものを増やすか、より高性能のポンプを開発する必要が出てきます。
アイデアをくみ上げるポンプを簡単に増設できるとは思えないので、人間の脳でやるならばポンプの性能を上げていくしかないのでしょうけれど…。どうやったら良いのでしょうね。
「継続的に書くことによって、くみ上げることそのものに慣れていく」くらいのことしか浮かびません。
俺は一日に30枚以上書けるぜ!と豪語される方が当ブログ読者にいらっしゃるのであれば、いかにしてその領域へと到達できたのか、ぜひともご教授ねがいたいところです。
ただし、原油もアイデアも、きちんと精製しないと使い物にならないので、そちら方面の開発(要するに勉強)も平行して行わなければならないのですが…。
ブログばっかり書いてたおかげで、風景描写なんかが全然できませんし。
合言葉は、「中身はキャンディー」
国会議員は高齢者の医療費負担をどうするかよりも、ガソリン税を引き下げる議論をした方が良い。
日本経済へを考えるなら急務だし、支持率の回復もねらえるし。
─天の声
意を決してプレイしたあつまれ!ピニャータが、予想外にエグくてプレイ中にドン引きしたckckです。
子供向けとして作られているとは思うんですが…情操教育上どうなんだろう。
ゲーム概要を簡単に説明しますと、荒地を耕して牧場兼農場にし、ピニャータと呼ばれるペットたちを呼び寄せ、その地の住民にすることで発展させていくといった具合。
「牧場物語」と「ポケモン」を7:3くらいの割合でブレンドして、洋ゲーに改造したようなイメージ。といったら近いでしょうか。
しかし、これはどう足掻いても洋ゲー。
日本のゲームばかりやっている人間には、予想もつかないような展開が次々と襲い掛かってきます。
・やってきたピターニャを住民にするには様々な条件があり、「他のピニャータを食べさせる」といったものも少なくない
・特定の条件を満たせば同種のピニャータ同士で子をなすが、その多くが「家」を建てることや、「他のピターニャを餌として(略
・結果として、餌用に繁殖させられるピニャータが出てくる
・それ以前に、外からきたピターニャが、自分で名前までつけて育てたピターニャを勝手に食(略
・なお、殺されたピニャータは、バラバラに弾けてキャンディーになる
凄かった…。
交配、食物連鎖、弱肉強食、そして養殖。
自然界の摂理とそこに人が手を加えていくという深いテーマを、「中身はキャンディー」という手法を用いることでコミカルかつ子供向けに描くなんて(説明書のルビ打ちが小学校低学年向け)。
流石アメリカ。一味違います。
日本でもコレを見習って、ゾンビの中身がキャンディーの「バイオハザード5」なんてどうでしょうね。
傷口からはキャンディーが流れ出していて、腕や頭が吹き飛ぶたびに派手にキャンディーをぶちまけるゾンビたち。
年齢規制が下がることに加え、グロテスク表現の逆三角をつける必要もなくなること間違いなしです。
面白いかどうかは保障しかねますが。
飲まないとどうなるか、試験中
ことあるごとに「セーブしますか」と訊いてくるのが邪魔でオートセーブをOFFにするのは、手動セーブを忘れて後で思いっきり後悔するためのフラグ。
─天の声
禁酒開始3日目にして、早くも精神が不安定になってきているckckです。
飲まない方が体に毒なんじゃないかな。いや、きっとそうだ!そうに違いない!
とまあ、完全にアル中患者の戯言と化していますが、当の本人からすれば、これは大変切実な問題です。
なにせ今現在、私は体中の血液から「大至急アルコールを補給せよ」との要求を突きつけられている真っ最中。
一応、幻聴が聞こえるほどオーバーなものではないにせよ、指先が少しばかり震えてキーボードが打ちづらかったり、腕の感覚が少し鈍かったりと、禁断症状はさすがに辛いものがあります。
とりあえず、ロッテグリーンガムを延々噛み続けることで欲求を押さえつけているものの、衝動にかられて1日で1パック(板ガム9枚)も消費してしまいました。
このペースでは、間違いなく歯の方に悪影響が出ることでしょう。
タバコについては吸ったことが無いためはっきりとは言えませんが、禁煙の辛さもコレとほぼ同等のものがあると推測されます。
「ダメ、絶対」程ではありませんが、酒とタバコも、出来ることならお世話にならない人生の方が後々楽だと、未成年の皆様に提言したい今日この頃。
後ろ向きに前向きな生き方
駄々甘様が一番激辛な件について。
─天の声
「小説の新人賞に応募する」と妄言を吐いたその舌の根も乾かぬうちに、挫けそうになっているckckです。
作者自身が面白いと感じ取れなかったら、その時点で色々とダメだよね。
大変お恥ずかしい話になりますが、こんな私でも、人並みくらいには文章を書く能力があると思っていたんです。
事実、このブログは毎日更新していますし、フリーゲームのイチオシレビューにも月一で参加させて頂いています。
それらのおかげである程度の経験値は溜まっているはずですし、技術面でもそれなりの領域には達している。やって出来ないことは無い。
そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました。
本当に、嘘偽り無く、現在長編小説に挑戦しています。目標は、400字詰め原稿用紙で役300枚分。
その1/10にも満たない25枚分を書いたところで、あることに気付けました。
小説は、ブログやレビューの延長線上には決して存在しないということに。
以前「ブログのような短い文章しか書いていない人間が小説を執筆することは、短距離走者がフルマラソンに挑戦するようなものだ」と、のたまった気がするのですが、はっきり言って間違いでした。訂正しておきましょう。
異なるのは距離ではなく、種目そのもの。再び陸上競技を引き合いに出すなら、「砲丸投げの選手が100kmウルトラマラソンに挑戦するくらいの暴挙」と表した方がより正確な気がします。
などと、否定的な言葉を並べましたが、新人賞への挑戦はしてみせます。
学校を三度辞め、頂いた内定すら捨てた人間ですからね。当たって砕けたところで、失うものもありませんし。
末期ニート
地デジで高画質・高音質の放送が可能になったところで、番組の質が向上しないと意味が無いよね。
─天の声
四ヶ月以上ニートを続ける息子に対し、堪忍袋の緒が切れたのかは知りませんが、今日の母は一段とネチネチネチネチ嫌味を言ってきました。
「家に一日いたって、何にもならないでしょうが」「働くとまでは行かなくても、資格か何かの勉強くらいはしたらどう」「昼夜逆転の生活をしてたら、いつまでたっても社会にもどれないよ」などなど。
はい、どうみても正論です。ありがとうございました。
いつもならここで適当な言い訳をしつつ、結局は何もしないという結論へ持っていくところなのですが、今日は少々ムカッと来ました。
私だって、好き好んで自堕落に生きてるわけじゃないのに。
とは言ったものの、今のような生活を続けていては、親からの非難が増すばかりです。
このまま行けば、緩慢な自殺へと向かう可能性も否定できません。
そんな状況を打破するため、小説なりライトノベルなりを書くことにしました。で、どこぞの新人賞に応募します。
いや、マジで。
落ちることは分かりきっていますが、それでもまあ、何もしないよりは幾らかマシでしょう。
執筆作業から何らかの意欲が湧いてくるかもしれませんし、資料的な意味合いもかねてバイトを始めるようになる可能性もあります。
殆どの応募規定は原稿用紙200枚以上などとなっていますが…。一日3枚ペースで書けば、70日で完成するはず!
食指が動かない
カリオストロの城より、ルパンの台詞「妬かない、妬かない、ロリコン伯爵。火傷すっぞー」
監督自身、自覚はあったのか。
─天の声
Xbox360のバリューパックを購入しておきながら、付属の「あつまれ!ピニャータ」を未だにプレイしていないckckです。
いや、だって、絵が…。
説明書や公式ページを読む限りでは、「カラフルでかわいいピニャータ(生き物)」を育てるゲームと書かれているんですが─
ゴメンナサイ。「カラフルでかわいい」と言うよりは、「原色ばかりで怖い」というのが正直な感想です。(面白いらしいのですが)
幼稚園児くらいの誕生日にこのソフトをプレゼントしたら、パッケージを見ただけで相当に嫌な顔をされるか、最悪泣き出してしまうような気がします。
もっとも、コレは単に価値観の違いで、私が日本の文化に染まっているが故に、かわいらしさを感じ取れないだけなのでしょう。アメリカ人の価値観では、これらが日本でのポケモン並にかわいい生き物という可能性も捨て切れません。
事実、スポンジボブなんかは、私には理解しがたいキャラクターにも関わらず、アメリカでは大人気との事ですし。
逆に考えてみると、日本では多くの子供に愛されるようなキャラクターでも、アメリカでは怖がられてしまうような事態もあるのでしょうか。ハローキティやマイメロディが恐ろしい生物のように見えたり、たれぱんだやこげぱんがエイリアンのように映ってしまったり。
…それはそれで面白そうですな。
面白いバトルとは
「当分二人きりでここに住むのだからな」
─ムスカ大佐(28〜32歳)の爆弾発言
ゲーム・漫画・アニメなどにおける戦いの醍醐味は、「限られた能力・条件の下でいかにして勝利するか」という点にあると考えるckckです。
個人的な意見かもしれませんが、どんな状況にも対応できる万能キャラ同士の戦いというやつは、見ていて面白みが無いんですよね。
限られた条件下での戦いで物語が盛り上がった例を考えると、頭脳戦であればカイジの限定ジャンケンやEカード、格闘戦であればグラップラー刃牙の最大トーナメントなどでしょうか。
カイジの限定ジャンケンやEカードは、ギャンブル漫画という舞台でありながら、運否天賦で勝利するシーンはまずありません。
存在するのは、相手の心理を読み、僅かな閃きを最大に利用し、限られたルールを逆手に取るという手法。運ではなく、理による駆け引きで勝利を掴み取る描写です。
逆に、カードゲーム漫画として有名になった「遊戯王」には、理による勝利というやつが全くと言っていいほど登場しません。
主人公側は、相手の凶悪なカードやコンボで窮地に立たされるものの、最後の最後でその状況を打破できるカードを今引きすることでバトルに勝利します。しかも、それが今まで名前も登場したことも無いようなカードだったり、その場で新しくルールが追加されたりと、制限のせの字も見当たらない自由っぷり。
刃牙の最大トーナメントの序盤戦は、「ボクシング対テコンドー」「相撲対柔術」といった、何か一つの技量に特化した格闘家同士の戦いでした。
「武器の使用以外は何でもアリ」のトーナメントではあったものの、ボクサーはボクシングの技しか使えず、相撲取りも相撲の技しか使いません。間違ってもボクサーが蹴り技を放ったり、相撲取りが正拳づきを繰り出すことはありませんでした。
そして、「その技量の枠内で、どちらがいかに勝利するか」を読者は想像し、胸を躍らせたのです。
その後の「バキ」や「範馬刃牙」の展開がグダグダに感じてしまうのは、戦っている人間がいわゆる「万能キャラ」の領域に達してしまったためと思われます。
キャラが何でも出来るようであれば、先の予想が立たず、話も盛り上がりに欠けますからね。
何でも出来てしまう主人公が敵を倒す話なんかより、限られた事しか出来ないキャラクターがそれを駆使して困難を乗り越える展開の方が、面白い物語になるのです。
事実、頭脳戦・格闘戦の両方で、この「制限による面白さ」を実現しているジョジョシリーズは、長年に渡って読者から愛され続けていますしね。
イメージで考える事ができるのだろうか
「親方!空(ビルの屋上)から女の子が!」
─最近のバッドエンドフラグ
「初音ミク」や「鏡音リン」が欲しかったりするものの、音楽的教養を一切持っていないがため、買うことが出来ないckckです。
譜面すら読めない人間が、DTM用のソフトを買っても意味がありませんしね。
そもそも、音楽を創ることの出来る方って、旋律やテンポなどを一体どのように考えているのでしょうか。
私も「ブログを書く」という、それなりに創造的なことをやってはいるものの、着想から完成までの工程が、全く別物のように思えるんですよね。
人間が何かを考える場合、直感的な判断を除いて、必ず言語を用いてのものとなります。
その日の献立を思案するときも、ゲームの謎解きでも、数学の問題を相手にするときであっても。私達は日本語でそれらを考え、日本語で結論にたどり着くものです。
「今晩はカレーにしよう」とか、「この順番でレバーを動かせば…」とか、「この問題の答えはx=7だ」とか。全て言語を用いて思考した結果、言語で結論が出ています。
なお、もし夕飯の支度をするのがアメリカ人であれば英語、ドイツ人ならドイツ語で考え、献立を決めることとなるでしょう。
しかし、音楽、特に作曲という分野になると、前述の理屈のみでは説明できない部分が出てきます。
「ここはもう少し音を高く」「どう転調しようか」など、言語に頼ることもあるとは推測されるものの、曲や音のイメージというやつは、言葉では表せないもののはずです。
「頭に浮かんだ旋律を、日本語で正確にノートにとる」なんて、出来ることではないでしょうし…。彼らは、言語に頼らない思考が可能なのでしょうか。
新たに音を生み出すことができる方々の思考回路は、私のような一般人とは全く別物なのかもしれません。
考えるべきではない根本的な疑問
PS3よりもPS2に力を入れた方が利益が出るであろう事に、ソニーもやっと気づいた様子。
─天の声
バイトを辞めようが、学校を中退しようが、引き篭もりになろうが、ブログだけはせっせと更新しているckckです。
ブログ中毒という病名が学会に発表される日も、そう遠くないことでしょう。
もっともコレは、以前引き篭もっていた頃から継続してのものなので、今に始まったことではなかったりします。
その昔、私がまだ元気に学校へ通っていたころの話。
仮眠をとるつもりで布団に入ったところ、そのまま朝になっていたことが一度だけあったのですが…。
そのとき、私の脳で一番に浮かんだものは「ヤバイ、このままじゃ遅刻する」ではなく、「しまった、ブログを書かずに寝ちまった」といった、人間として終わっているような語句でした。
いい具合に、手段と目的がごっちゃになっていますね。
別にこのブログを閉鎖したい訳でもなければ、更新頻度を落とすつもりもありません。
ただ、時々分からなくなることがあるんですよね。
「何で自分は、毎日ブログを更新しているんだろう」って。
無駄知識見聞録
ニートじゃないよ。モラトリアムだよ。
─天の声
「アニメを見る→興味が湧いたのでwikipediaで検索してみる→声優に関する知識が増える→その繋がりでさらにアニメを見る」という無限ループに陥りかけているckckです。
役に立たない趣味ばかり伸びているのは気にしない。
少々自虐的になってはいるものの、ジャンルを問わず、新しい知識を獲得するのは素直に良い事だと思っています。
物事を多角的に見ることが出来るようになりますからね。
例えば、今手元にあるRPGツクール2000の説明書。
この本では、ディスク本体に収録されているサンプルゲームについての解説が、僅か1ページしか行われていません。その内容も、「花嫁の冠」というゲームのスタッフと大まかなストーリー、それと他のサンプルのタイトルくらいといったところ。
普通にゲーム制作目的でツクール2000を購入した人であれば、特に気に留めることもなく次のページへ移ってしまうことでしょう。
しかし、新たな知識をもって再び書を開くと、この1ページが驚くべきものに変貌します。
なにせ、出演している声優の欄に目を向ければ、「うえだゆうじ、釘宮理恵(説明書では利恵となっているが)、塩沢兼人、田村ゆかり、堀江由衣」などなど、目が点になるほどに豪華なキャスティングがなされているのですから。
一応この声優陣がどのくらいの凄まじいか説明しておきますと、「テイルズ次回作のキャスト」と言っても通用する水準です。(もっとも、初代テイルズに参加された塩沢氏はすでに他界されており、うえだ氏は次回作への参加が決定しているのですが)
このように、現実世界では何の役にも立たないような知識だったとしても、それを持っているだけで、得られる情報量を跳ね上げることが可能となる訳です。
大げさな表現をすれば、見ることの出来る世界が広がっていくような感覚があります。
勿論、新たに得た情報が、役に立つものか否かは分かりません。
ただ、そのような新たな発見が、純粋に楽しいものであることに間違いはないと思うのですよ。
そろそろ一人前くらいにはなっただろうか
安部首相が辞任したのは体調不良だからまだ仕方ないけど、どうして小沢氏は党首を辞任するんだろう。「政治的混乱を引き起こした」程度で辞めてたら政治家なんか務まらないし…。
もう、先日の密室会談で、何らかの取引がされたとしか。
─天の声
とりあえずイチオシを脱稿したckckです。
最終チェックのために友人に読んでもらったところ、(私の目論見どおり)ゲームジャンルを勘違いしてもらうことが出来ました。
勿論、内容に関しましては、一切嘘を書いてはいませんのでご安心を。
しかし、そもそもレビュワーって何なんでしょうね。
凄まじいまでに今更感の漂う発言ですが、長いこと自分勝手に文章を書いていると、元の定義を忘れてしまうんですよね。
レビューを日本語訳すると、「批評」という言葉になります。そしてこの「批評」を手持ちの真っ赤な国語辞典で調べてみたところ、「物事の良い点・悪い点などを取り上げて、そのものの価値を論じること」とありました。(新明解国語辞典より引用)
この理屈をゲームのレビューに適用するならば、「評価すべき点・改善すべき点などを具体的に提示することによって、その作品がどの程度遊べるものか解説する」といったところになるでしょうか。
少なくとも私は、これで間違っていないと考えます。読み手が知りたい情報とは「そのゲームが面白いのか否か」に集約されるものですし、レビュワーを「批評家」と訳す限り、評価の前提として作品の長所短所を明記しておくのは必須事項でしょう。
ただ、フリーゲームのレビューとなると、そう簡単には行かないんですよね。
なにせ、それらは作者様が善意で制作し、無料で配布してくださっているものなのです。私達レビュワーも娯楽を無償で提供して頂いている側に過ぎず、プレイヤーの一人にすぎません。
そんな一プレイヤーが、ゲームの欠点を列挙した挙句、「このゲームはつまらない」とネット上で断じてしまって、果たして構わないのかどうか。
プロの制作した作品と比較して、劣っている部分を挙げることは誰にだって出来ます。が、恐らくそれは何一つ生産的な行為ではないでしょう。
その文章を読むことで、作者様のモチベーションが下がったり、読者が不快な思いをするようであれば、それはフリーゲーム界隈の大きな損失に違いありませんからね。
しかしそれでも、ゲームを「批評」する以上、その作品が面白かったか否かについて語る必要は存在します。
多くのゲームレビューで(フリー・市販問わず)点数制が用いられていることからも分かる通り、遊べるか・面白いかが最も求められる情報である上、レビューの本数が増えれば他の作品との比較しなければならない場合も多々あるというのが現実です。
実際にこれを行う場合、点数で差をつけるという手法が基本になるものの、批評の主体は文章です。その文章上で、率直に「つまらない」と言い切ってしまうのはこれまた簡単なことですが、前述した通りあまり生産的なことではないでしょう。
要するに、言葉で表すのであれば、オブラートに包む必要がある。と。
フリーゲームのレビュワーとは、フリーゲームへの愛と、婉曲表現を必要に応じて使いこなすことの出来る技量を求められる存在なのでしょう。きっと。




